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編集室水平線のニュースレター「ひとりから、長崎から」第20号(2026.4.7)
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こんにちは。編集室水平線の西浩孝です。
ニュースレター「ひとりから、長崎から」第20号をお届けします。
ほんとは月末配信なのですが、前号に続いて間に合いませんでした。
すみません。しゃかりき!
以下、『世界の歴史26 世界大戦と現代文化の開幕』(木村靖二/芝宜弘/長
沼秀世、中央公論社、1997)の「おわりに──『戦争は静かに始まった』」から
の引用。
*****
ゲーリングはヒトラーに「これは一か八かのバクチですぞ」と警告した。ヒト
ラーは次の言葉で一蹴した、「私の人生はこれまですべて一か八かでやってき
たのだ」と。ゲーリングならずとも恐れ入るほかない答えだが、それをヒトラー
個人の性格のせいにすることはできない。二年後、日本もまた「清水の舞台か
ら飛び降りるつもりで」、第二次世界大戦に参入する。ここにあるのも、一か
八かのバクチの論理にほかならない。
〔中略〕
ファシズム国家は、たんなる保守的独裁国家や権威主義国家ではない。対外的
威信を演出して国民の「自尊心」をあおり、国家主導の経済によって職場を確
保し、現代的娯楽や生活向上への展望をみせて国民の合意や支持をとりつけよ
うとする、ダイナミックな国家であった。
〔中略〕
ファシズムは近代的諸価値や現代文化を一国に囲いこんで矮小化させ、それを
特権として配分することで、国民を統合しようとした。ファシズム下の多くの
国民は、生活が保障され、あらたな上昇の機会を期待して、特権に支払われる
犠牲から目をそらした。特権の配分資源は一国の枠内ではすぐに限界に突き当
たる。他国に求めようとしても、対等の交流を拒否し、自民族至上主義を掲げ
るファシズム国家に、その資源を喜んで提供する国などあろうはずはない。ファ
シズム国家には武力による征服と奪取の道しか残されていなかった。戦争がファ
シズムの模索の道の到達点なのである。
(このレターは、PCで読まれることを想定しているので、スマートフォンでは
読みにくいかもしれません。あらかじめご了承ください。)
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【新着情報】西尾漠『極私的原子力用語辞典』、もうすぐ校了! など
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原子力資料情報室共同代表で『はんげんぱつ新聞』前編集長の西尾漠さん『極
私的原子力用語辞典』(四六判/並製/368頁/定価3,000円台を予定)、前
号で「春に刊行予定」と告知しましたが、まだ作業やってます。うぐぐ。でも
もうすぐ校了です!
本書は、たんに用語を説明する辞典ではなく、「読む辞典」です。原子力ムラ
その他に関する知られざる事実、逸話がてんこ盛り。あいつ(ら)があんなこ
と言って、こんなことやって、グルになって……驚きあきれること必至です。
来月末? 遅くとも6月中には刊行します。よろしくお願いします!
*****
第2回西脇順三郎賞、第57回小熊秀雄賞、第25回小野十三郎賞のいずれにも
おいて最終候補作となった大谷良太さんの詩集『方向性詩篇』をぜひ買ってく
ださい!
https://suiheisen2017.jp/product/708/
ひとつだけ、わたしの好きな作品をご紹介しましょう。
「ひと汗」
自分の頭の斜め上で、人差し指をくるくると回しながら、
「これでっか?」と運転手が僕の家族に尋ねる。
そうしてタクシーを駅前から走らせて登る、きつく長い坂道の上に、
僕の目指す精神科長期入院病棟がある。
かつて「ルナティックアサイラム」と呼ばれていた。
「ルナティック」ってどんな意味だろうか? 「アサイラム」は多分、収容所だ。
一時期僕が上の子を通わせていた、
朝鮮初級学校も、とてもきつい勾配の上にあった。
子供と歩いてその坂を登り詰めた。
あの日々は自分にとって、どんな思い出なんだろう?
子供にとって、どんな思い出になったんだろう?
幼い子供たちの通う学校の前の道路に、
横断歩道さえ整備させない、この不思議な社会の構造って?
僕はきっと「差別」のことを考えたくて、でももっとそれ以前の、
普段人が向かうこともあまり思わない、坂道の上にあるもの一般を漠然と考え
ている。
そこに向かうことや通うことを、日常や日課に組み込んでいる、
そんな人たちのことを、ぼんやりと考えている。
「ルナティックアサイラム」とやらについて言えば、
「これでっか?」と指をくるくる回す
そんな運転手はもう殆ど、現実にはいたりしないのさ。
安岡章太郎の『海辺の光景』の中に、
似たようなシーンが確かあったな、って時々思い出すだけさ。
最早かなり古くなったあの小説と、
今も坂の上にあるいろいろな建物、いろいろなイデーとの関係。
僕はやはり僕なりの仕方で、「坂の上」を自分に繫げてみたいんだろう。
学校が坂の上にあった、その「ウリハッキョ」は今もちゃんと坂の上にあるよ。
ほんのひと汗の努力なんだよ。
少し馳せるだけで到達可能な、きっとこれは「思い」の持ち方の問題。
そんな、努力ですらないのかも知れない、僕にとってはやはり漠然としたままの
永遠に「ひと汗」の問題。
*****
オンラインマガジン『雨晴』を、ぼつぼつ更新しています。
この間に公開したのは、以下のとおりです。
●亀山亮『戦争』
第19回「ファシズムと情緒」
https://suiheisen2017.com/kameyama-ryo/3720/
●諸屋超子『くたばれ』
第19回「さよならアートマン」
https://suiheisen2017.com/moroya-choko/3735/
●姜湖宙『ストライク・ジャム』
第20回「民族名を名乗る」
https://suiheisen2017.com/kang-hoju/3743/
オンラインマガジン『雨晴』は、アプリ「編集室 水平線」内で公開しています。
以下のページから、お手持ちのスマートフォンやタブレットに、インストール
をお願いします。
https://suiheisen2017.jp/appli/
『雨晴』はsuiheisen2017.comでも読むことができますが、アプリを入れると、
毎回プッシュ通知で更新情報が届きますので、おすすめです。
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【作業日誌+α】2026年2月〜2026年3月
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●2月2日(月)
晴れのち雨。ニュースレターを2日遅れでようやく配信。長崎原爆資料館ミュー
ジアムショップから先月の売上報告、まさかのゼロ。うぐぐ。Amazonから振
込みと注文あり。元旦からつけはじめた日記、継続中。RADWIMPSの「賜物」
(NHK連続テレビ小説『あんぱん』主題歌)にハマる。
●2月5日(木)
午前10時、アミュプラザのキンコーズ。亀山亮さんの写真集『Mexico Civil War
(仮)』のアタリ画像データをA3用紙に出力する。フードコートに行ったら
「ロッテリア」が「ゼッテリア」になっていた。カード払いしようとする老人
が、「暗証番号をどうぞ」と店員に言われて、ふつうに口で答えていたので吹
き出した。昼、長崎駅近くの「政」に入る。隣の席の人がごますり器で延々と
ラーメンにごまをすり続けていたので恐怖を感じた。帰宅して2時間ほど昼寝。
復刻『世界』創刊号(1946年1月、岩波書店)が届く。
●2月6日(金)
森元斎さん来たる!
●2月9日(月)
寒い。昨日は雪が降った。選挙に行った。今日の新聞、「高市自民 単独過半数」
の見出し。長崎県知事選は平田研氏が勝った。14時半、原爆資料館の「ピース
カフェ」で児童文学作家の中澤晶子さんと立正大学の村上美奈子さんにお会い
する。夜、スマホで映画『港に灯がともる』(監督・脚本:安達もじり、主演:
富田望生、2025)。阪神・淡路大震災の翌月に神戸に生まれた主人公・灯(あ
かり)の苦しみ、葛藤を描く。最首悟さん死去。89歳。
●2月14日(土)
亀山亮さんから送られてきた写真集用の原稿を読む。誘拐や暗殺が日常のメキ
シコ。「フアレスの人々が暗殺事件の被害者の死体が転がっている現場のすぐ
そばを何も起きていないかのように平然と通り過ぎていく」。夕方、『ウェイ
リー版 源氏物語 1』(毬矢まりえ+森山恵姉妹訳、左右社、2017)。この訳な
ら最後までいけるかもしれない。18時〜19時半、『いくつもの武蔵野へ 郊外
の記憶と物語』『宮本常一 民俗学を超えて』W刊行記念、赤坂憲雄×木村哲也
トークイベント「武蔵野から宮本常一を考える」(主催:今野書店)をオンラ
インで視聴。「散歩と立ち話」の話がおもしろかった。21時半、矢澤ゼミ。先
生がなかなか入ってこない。西條辰義・野宮大志郎編『フューチャー・デザイ
ンと社会学 仮想将来世代と築く社会』(勁草書房、2025)を読む。24時終了。
就寝。
●2月16日(月)
朝4時、『極私的原子力用語辞典』の初校チェック終了。いったん寝る。9時、
横尾郵便局に行ってゲラを発送。戻すのに1か月以上かかってしまった。また
横になる。昼食後、バスで長崎駅前へ。ターミナルでnimocaにチャージ。14時
半、シアトルズベストコーヒー、ノンフィクション作家の澤宮優さん。2時間
ほど取材を受ける。帰り、メトロ書店に寄って『図書』や『波』だけ取ってく
る。夕食後、さっさとふとん。ヒコロヒー『きれはし』(Pヴァイン、2021)。
●2月17日(火)
「米『普天間返還せず』言及 辺野古以外の代替滑走路要求 昨年 初の公式文
書化」(2月15日付沖縄タイムス)。不死身だと思っていたフレデリック・ワ
イズマンが死んでしまった!
●2月20日(金)
iPS再生医療、実用化へ。殺傷武器輸出、原則容認へ。ミラノ・コルティナ冬季
五輪、開催中。午前、“うごきの比較学”研究会(オンライン)。『みすず 読
書アンケート2025』で梅原季哉さん(広島平和研究所教授)が『伊藤明彦の仕
事1』を挙げてくれた。
●2月21日(土)
13時半〜16時、第6回印刷文化学会議「極私的エディトリアルデザイン考」
(京極夏彦と祖父江慎の対談、YouTubeでライブ配信)。『どすこい(仮)』
(集英社、2000)がどのようにして出来上がったか等々。おやつ、ファミリー
マートの「三陸産茎わかめ」。注文していたUAのニューアルバム『NEWME』
が届いたが、「微熱」(作詞・作曲=マヒトゥ・ザ・ピーポー)が入っている
と思っていたのが入ってなかった。それは『Are U Romantic?』のほうだった。
●2月22日(日)
イベント配信アーカイブ2本。矢部太郎+島田潤一郎『光子ノートについて』
(2月5日、twililight)。一度、動く島田さんを見てみたかった。ブルボン小
林×米光一成「輝く! ぐっとくる題名大賞!?」『グググのぐっとくる題名』
(朝日出版社)刊行記念&ブルボン小林デビュー25周年記念(2月2日、本屋
B&B)。たのしい2時間だった。自分的には「脳をまもろう」(坂本慎太郎の
楽曲)がぐっときた。
●2月23日(月)
晴れ。昼、時津の五右衛門に行く。道の尾のブックオフで『ちくま哲学の森2
いのちの書』を見つける。200円。レジで、たぶん初めて本を売ったのであろ
う初老の女性が、買取価格の低さに驚いて絶句していた。帰宅して、録画して
いた高畑勲の『かぐや姫の物語』(2013)を観る。劇場公開時に続いて2回目
だが、やはりすばらしかった。寝る前、内田義彦『読書と社会科学』(岩波新
書、1985)を読む。三連休終わり。
●2月26日(木)
9時半、NPO法人「被爆者の声」関係で樺島町の法律事務所へ。1時間ほど相
談のあと、関口達夫さんとコーヒーを飲みに行く。ゆめタウン夢彩都の紀伊國
屋書店で新刊その他をチェック。益田肇『人びとの社会戦争 日本はなぜ戦争
への道を歩んだのか』(岩波書店、2025)は間違いなく面白いと踏んだが、値
段とボリュームでぎりぎりまで迷って、結局購入を見送った。帰宅して休憩。
『極私的原子力用語辞典』の再校作業を少しだけ。夕方、design POOLの北里
さんと装丁の件で電話。浜崎あゆみ、めっちゃいい。
●3月5日(木)
晴れ。春が近づいているのを感じる。印刷所に見積りを依頼。ゲラ続き。久し
ぶりに『雨晴』を更新する。亀山さんの写真集のために工藤律子『マフィア国
家』やヨアン・グリロ『メキシコ麻薬戦争』を読んでいるが、事情が複雑すぎ
てよくわからない。トランプ、イランへの攻撃について「10点満点中15点」。
アフガンとパキスタンも戦争状態。『現代詩手帖』3月号、藤井貞和先生の「ゲー
トルに憶う 桑原茂夫追悼」。桑原さんが亡くなって2か月が経った。
●3月9日(月)
朝、日光を浴びる。今日はサンキューの日らしい。うるせー。メールのチェッ
クを済ませ、昨日届いた諸屋超子さんの原稿を読む。西尾さんから再校赤字ゲ
ラ発送の連絡。結局『人びとの社会戦争』をAmazonで注文してしまう。「言
論の自由と知る権利を守る長崎市民の会(言論ながさき)」のメーリングリス
トを作成。3.11関連の番組を録画予約しまくる。咳をしても一人。
●3月11日(水)
西尾さんから再校ゲラ戻る。午後2時46分、黙祷。目次の点検をしていたら致
命的なミスを発見。五十音順の「フールプルーフ」の本文の位置が間違ってい
た。すぐに北里さんに電話。落ち込んで一気に疲れた。デイリーヤマザキに行っ
て、ビールを買ってきて飲む。自民党、情報局法案を正式了承。近く閣議決定。
●3月14日(土)
昨日すごく早く寝たせいで、0時に目が覚めた。眠れないので、確定申告の作
業をする。夜中に銭を数えると泥棒が来るというのは本当だろうか。3時間ほ
どやって、ふとんに戻る。夢。大量の返品が私を襲う。昼、NHKラジオ『福島
を 紡ぎ歌う〜詩人・和合亮一 震災15年の合唱曲を綴る』。「楽譜を開けば野
原に風が吹く」の歌詞に感動。夜、配信で『ナイツ独演会 333と555』(2025)。
腹がよじれた。
●3月18日(水)
雨。パンケーキ。『雨晴』の更新。諸屋さんの第19回と姜湖宙さんの第20回。
水声社の新シリーズ「知の革命家たち」『ピエール・ブルデュー 作品科学か
ら象徴革命へ』(石井洋二郎)。全250巻って…。
●3月23日(月)
昨日子どもとボーリングに行ったので筋肉痛。横尾では桜が咲いた。午前、郵
便局、滑石ショッピングセンター、十八親和銀行、ビビンバ炒飯(冷凍)。午
後、JPRO説明会(オンライン)。『極私的原子力用語辞典』の再校チェックが
まだ終わらない。北里さんからDICのチップが届く。佐藤正午の最新エッセイ
集『どこ吹く風』(岩波書店)はカバーなし帯なし、本文二段組、目次は本の
表紙に、あとがきは裏表紙に。安価な本をめざした精一杯の結果だと書いてあ
る。1900円(本体)。今晩から読む。
●3月28日(土)
15時、長崎空港。羽田からの新原道信先生をお出迎え。家ですこし休んでもら
い、夜は眼鏡橋近くのイタリアンレストランへ。歓談。帰宅したら『ナンシー
関の消しゴムハンコをアーカイブする』が届いていた。
●3月29日(日)
11時半、蛍茶屋のロイヤルホストで新原先生と打ち合わせ。5冊分の企画を提
案する。東大出版会から校正仕事のゲラ受け取り。佐世保基地を母港とする米
軍の強襲揚陸艦「トリポリ」が中東に到着。「ノー・キングス」デモに全米50
州で800万人以上が参加した(AFP通信)。
●3月30日(月)
12時、長崎空港。新原先生を見送る。帰り、大村のファミリーマートで「逆転
バリバリバース」をゲット。ファミチキ。繁延あづささんから新刊『鶏まみれ』
(亜紀書房)を頂く。『図書新聞』終刊号、「書評紙の精神は死なない」。
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【海岸線-18】あれからの日々を数えて
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「あれからの日々を数えて」というのは、わたしがNHKの人たちと作った2012
年3月刊行の本の題名。サブタイトルは、「東日本大震災・一年の記録」。
https://www.otsukishoten.co.jp/book/b99796.html
ぜひ読んでいただきたいのですが、それとは別に、ここではメールマガジン
『大月書店通信』第27号(2011年3月29日)にわたしが書いた文章を転載し
ます。15年前、29歳のときのもの。
地震発生時、14時46分、会社のビルの2階でコーヒーをいれて、3階の編集部
のフロアに上がり、席につこうとした瞬間でした。いまネットで調べたら、わ
たしがいた場所(東京都文京区)は震度5弱だったようですが、揺れに揺れま
した。人間の行為というのは面白いもので(災害を面白いなどというと不謹慎
ですが)、左手にはコーヒーの状態で、右手は机に積み上がったゲラの山を押
さえていました。そんなの崩れ落ちたって構わないでしょうに。ねえ?
前号に続き、以前に書いた文章の転載ですが、手を抜いているわけではありま
せんo(>_< *)(* >_<)o
というわけで、よろしくお願いします。
*****
〈「同じ体験をした人でないとわからない」という彼女の気持ちは、まさにそ
の通りである。同じ被災地にいても私は同じ体験をしていない。わかりますよ、
と言ったとたんに、私の姿勢そのものが噓になってしまう。
だが、彼女は助けを拒絶しているわけではなかった。誰にも理解できるはずが
ないと思いながら、それにもかかわらず理解してほしいとも思っていた。「わ
かりっこないけど、わかってほしい」のであった。〉
(安克昌『心の傷を癒すということ―─神戸…365日』作品社、1996年)
3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震から、まもなく20日が経とうとして
いる。昨日の晩、次のような報道にふれた。「警察庁は28日、福島第1原子力
発電所の半径10キロ圏内で見つかった遺体の収容を見合わせたことを明らかに
した。遺体から測定された放射線量が高く、搬送は危険と判断した」(『毎日
新聞』2011年3月28日)。―─大量の放射線を浴びた遺体。それが愛する、
かけがえのない存在であったとき、それでも人は、顔をなで、手をさすり、そ
のからだを抱きしめるだろう。震災の死者数は、警察庁の29日午前10時現在
のまとめで1万1063人、家族が警察に届けた行方不明者は1万7258人で計2万
8321人となった。そしてここに、新たに確認される死と、確認されない死が加
わる。想像しなければならない。
1995年の阪神・淡路大震災で、妻と娘を亡くし、男の子の赤ん坊と生き残った
ある男性はこう述べている。
〈今回の震災で「復興」という言葉が使われていますが、その言葉は嫌いです。
私たちみたいな者にとっては、壊れたものは壊れたものとしてそのまま残るん
です。心の傷は残ったままなんです。壊れたものや亡くした人を蘇らせること
なんてできない。やり直すのではなく、また新しいものを作っていこうとしな
ければいけないんだと思います。〉
(あしなが育英会編『黒い虹―─阪神大震災遺児たちの一年』廣済堂出版、
1995年)
1997年の野田正彰氏(精神科医)の発言にも、向き合っておきたい。
〈政府は六千人を超える人びとが亡くなられたことについて、ほんとうの意味
での喪を持とうと一度もしませんでした。マスコミも、悲しい事件をいろいろ
と煽りますが、悲しみのなか、人びとが生きているということを十分に報道で
きていません。時間が経つに従い、忘れられていく、忘れないために、「希望
を持て」「頑張ろう」と書き、「今もなお心に傷」と花を添えていました。も
し悲しみを十分に悲しんできた人ならば、こんな愚かなことは決して言わない
はずです。最愛の人を失った人にとっては、忘れるとか、忘れないようにしよ
うなどというレベルではないのです。そんなことにすら理解が及ばない多くの
言葉が語られてきました。忘れようとか、忘れないようにとかいうレベルでは
ないのです。
全体としての二年のあいだ、さまざまな事象を見てみて、これほどの災害が起
こったにもかかわらず、私たちの社会は、悲しみをもつこと、あるいは悲しみ
を共有することが、もはやできなくなったのではないかとおもえてなりません。
かけがえのない人を失うということ、自分が理想としている理念を失うという
ことが、私たちが生きていくことにおいて、どれくらい大きな生き方の変化を
人にもたらすのかということに、あまりにも無自覚過ぎるとおもいます。〉
(笠原芳光・季村敏夫編『生者と死者のほとり―─阪神大震災・記憶のための
試み』人文書院、1997年)
私たちは、深く相手の痛みを想像し、思いやることができるだろうか、できて
いるだろうか。一人ひとりの死者を、悼むことができるだろうか、できている
だろうか。これから報道は減っていくだろう。住居も財産も失った被災者たち
は、大きな不安を抱えながら、困難に立ち向かわなければならないだろう。そ
のときに気持ちを寄せることができるか。心を傾けつづけることができるか。
弱い者に手をさしのべ、互いをいたわり大事にする社会をつくっていけるか。
そのことがいま、問われている。考え、行動するために、何よりも想像しなけ
ればならない。そのような想像力をつちかう文化を、出版が少しでも支えるも
のでありたい。持続的に、取り組んでいくほかない。
(おわり)
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【本棚の本】繁延あづさ『鶏まみれ』ほか
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●繁延あづさ『鶏まみれ』亜紀書房、2026年
●藤野知明『どうすればよかったか?』文藝春秋、2026年
●『新沖縄文学』97号、沖縄タイムス、2026年
●櫻井芳雄『記憶と脳の探究』岩波ジュニア新書、2026年
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【『雨晴』から】
諸屋超子『くたばれ』 第19回「さよならアートマン」
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ユヴァル・ノア・ハラリは人類は昔から情報に踊らされてきたと語り、小坂井
敏晶は人とは外因の沈殿物だと言う。デカルトの「我思うゆえに我あり」の我
はことごとく否定され、上座仏教は諸法無我を説く。
しかし、マドンナは「Express yourself」と歌うし、レディ・ガガは「Born this
way」、ファッション雑誌は推しカラーコーデを提案する現代で、強い自分な
しで私たちは立ち向かえるのだろうか?
酒元潮美は花粉飛び交う春の朝、こぢんまりとした分譲マンション4階の角部
屋で鼻づまりの苦しさに目を覚ます。
「最悪に不幸せ」
潮美は白い羽毛枕に蹴りを入れてから自室を出る。リビングではナット・キン
グ・コールが甘い声で忘れられないとナタリー・コールに歌いかけている。
「ママ! ママ! アレルギーの薬どこ?!」
大声で怒鳴りつけると潮美は洗面所へ向かう。
キリッと冷たい水道水は、潮美の情熱的な鼻に温められてだらしないぬるま湯
として落ちていく。潮美は苛立ち紛れにタオルで顔を強く擦る。
リビングへ行くと、母はフォションのアップルティーを並々と注いだノリタケ
の隣に、ウォーカーのクッキーを3つ並べながらハミングしている。食卓の真
ん中には、しかしきちんと毒々しい紫のパッケージが置いてあり、潮美はむし
り取るようにその箱を摑んで食器棚へ向かう。
愛用のぽってりしたミッフィーのマグカップにウォーターサーバーから水を注
ぎ乱暴に箱を破る潮美に、母はほんの一瞬眉をしかめたが、すぐに口角を上げる。
「朝からご機嫌麗しいのね」
潮美は母を睨みつけたが、母が気にも留めず紅茶を啜りだしたので、大袈裟に
ヨタヨタと窓辺に歩み寄り、冷たい窓ガラスにおでこをつけながら大きくため
息をついた。
「見える……見える……黄色い風が」
潮美は不幸せの中に身を沈めた。苦しく熱を持った鼻、痒みで今にも飛び出し
そうな眼球、顔を洗った時にうっかり濡らしてしまったスリッパのつま先、冷
酷な母と予定のない1日。
「今日、お掃除は潮美ちゃんの番だからよろしくね」
突如降りかかる清掃作業。
「ママ、お昼は山村さんたちと出掛けてくるわ」
「何食べるの?!」
潮美は勢いよく振り返る。
「去年できた隣町のイタリアン。住宅街の中にあって素敵らしいの」
隠れ家的レストランに出掛ける冷酷な母に置いていかれた娘は孤独の中で納豆
トーストを牛乳で流し込むだろう。
潮美は自分の不幸が絶頂に達したのを感じ深く深くためいきをついた。
「いってらっしゃい、たのしんで」
できるだけ恨めしげに響くように首を傾げて力なく手を振った。
「まだ行きませんけどねー」
母は鼻歌混じりに婦人雑誌をめくる。婦人雑誌のツルツルしてしっかり丈夫な
紙は幸せそのもので、潮美はそれに打ちのめされる。
「せめて今日が雨ならよかったのに」
「まあ! 嫌な子ねぇ」
ひんやりとした窓ガラスに寄りかかった潮美に母がクッキーの赤い小袋を投げ
つける。
潮美は素早い動きでそれを受け取ると、肩を落として俯きながら袋を開ける。
口元からクッキーの欠片がごぼれ落ち、潮美はこれを掃除するのは自分なんだ
と考えて憂鬱になった。
部屋に戻りベッドに横になると、潮美の頭の中は掃除をやりたくない気持ちで
満杯になってしまった。
潮美が渋々リビングの床に掃除機をかけると、掃除機の遠心力でクッキーは砂
糖と小麦とバターに分かれた。それはダストボックスの壁にへばりついて小さ
な塊となり、見たこともない小さな虫がそこにやって来て卵を産み付ける。ベ
タベタの塊の上に1つ1つ立ち上がった小さな卵たちは、みるみるうちに細胞
分裂を始めて殻を食い破り、ベタベタで栄養豊富な塊を食べ始めて……。
潮美は健やかな寝息を立てる鼻先が柔らかな光でくすぐられるのを感じて目を
覚ました。静かになったリビングが母の不在を告げている。潮美は恐る恐る時
計に目をやる。
「ああ、大切な時間は砂のようにこぼれ落ちていく」
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編集室 水平線(発行人=西 浩孝)
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