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新着情報

ニュースレター「ひとりから、長崎から」第8号(2024.3.31)を配信しました

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編集室水平線のニュースレター「ひとりから、長崎から」第8号(2024.3.31)
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こんにちは。編集室水平線の西浩孝です。
ニュースレター「ひとりから、長崎から」第8号をお届けします。

奇数月末配信のこのレター、新年1発め(1月)をいきなり落としてしまいま
した。ごめんなさい。

というわけで、今回は約2号分の内容が入っております(あんまり長いので、
「海岸線」のコーナーは休みました)。

よろしくお願いします。

(このレターは、PCで読まれることを想定しているので、スマートフォンでは
読みにくいかもしれません。あらかじめご了承ください。)

 *****

ニュースレターの内容紹介です。

「新着情報」では、文字どおり、水平線および水平線の刊行物に関する最新の
情報をお知らせします。

「作業日誌+α」は、ニュースレターが隔月配信なので、その2か月のあいだ
にメモした短い記録をいくつか掲載します。「+α」とあるのは、編集作業と
は関係のない記述も含まれているためです。〔今回は4か月分〕

「海岸線」は、編集人(わたし)による書きものです。そのときに書きたいこ
とを自由に書いていきます。〔今回は休み〕

「本棚の本」では、水平線(わたし)の本棚にある本を紹介します。これは、
フェイスブック、インスタグラムに投稿しているものと同じです。とくに感想
も解説も付けていないので、なんともそっけないコーナーです。

「『雨晴』から」は、オンラインマガジン『雨晴』(suiheisen2017.com)のなか
から、公開済みのひとつを選んで、一部または全部を掲載するものです。今回
は諸屋超子さんの小説連載『くたばれ』の第9回「さあ、ご一緒に」です。

 *****

それではどうぞご覧ください。

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【新着情報】川原一之『和合の郷』完成 ほか
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記録作家・川原一之さんの新著『和合の郷 祖母・傾山系土呂久の環境史』が
完成しました。A5版、ハードカバー、584ページの大作。2019〜2023年にかけ
て朝日新聞宮崎版に181回にわたって連載した内容に加筆・修正したものです。
装丁=design POOL、装画=山福朱実、編集=水平線。

出来上がりは、こんな感じです(写真)↓
https://designpool.jp/2024/03/24/%e5%92%8c%e5%90%88%e3%81%ae%e9%83%b7%e2%94%80%e2%94%80%e7%a5%96%e6%af%8d%e3%83%bb%e5%82%be%e5%b1%b1%e7%b3%bb-%e5%9c%9f%e5%91%82%e4%b9%85%e3%81%ae%e7%92%b0%e5%a2%83%e5%8f%b2/

「いま正確に歴史を記しておかなければ、土呂久に起きたことが次の世代に伝
わっていくことがない」との思いで、埋もれていた資料の発掘と新解釈を加え、
祖母・傾山系に集落が形成された過程、西国一の長者をうみだした銀山時代、
猛毒亜ヒ酸の製造が始まった背景、集落を苦しめた煙害の実態、自治組織「和
合会」の抵抗と内部対立、人の健康被害が社会問題化した経過、損害賠償訴訟
と最高裁和解、その後の国際協力、土呂久を舞台にした環境教育、深刻化する
過疎……と激変した歴史を詳述しています。土呂久史の集大成といえるこの本
は、土呂久のみならず、地域史をこれから学び、研究する方々にとって、大い
に参考になるにちがいありません。

が、この本はなんと「非売品」(!!)なのです。書店では買えません。水平
線のサイトでも買えません。おおお…。

入手にしたい人は、以下の方法でお申し込みください。

mailto:nishimura-kayo@asia-arsenic.jp
メール本文に、①送付先の宛名、②住所、③電話番号、④希望冊数をお知らせ
ください。 1冊送付をご希望の場合は1,500円(送料、包装代を含む諸経費)、
複数冊送付希望の場合は送料が確定できませんので金額は後日お知らせします。
書籍送付の際にゆうちょ銀行払込用紙を同封いたします。

「情熱を傾ける」とは、まさにこれ。たいへんな感銘をうけました。

 *****

大谷良太詩集『方向性詩篇』が第57回小熊秀雄賞にノミネートされました!

4月13日(土)午後3時から、「和風旅館 扇松園」(旭川市高砂台3丁目)
で開催される最終選考会で受賞作が決定します。正賞「詩人の椅子」、副賞30
万円。(椅子って…どうしたらいいんだろう…。)

『方向性詩篇』は第25回小野十三郎賞、第2回西脇順三郎賞の最終候補にも残
り、受賞こそ逃したものの、このように高い評価を受けています。
(西脇賞の選考経過と選評は『現代詩手帖』2024年3月号に掲載)

三度目の正直なるか。贈呈式で北海道に行きたいー。

水平線のウェブサイト、「本文公開」で所収の7篇を読むことができます。ま
た、「内容紹介」にある中尾太一さん、駒ヶ嶺朋乎さんによる推薦文もご覧く
ださい。
https://suiheisen2017.jp/product/708/

 *****

出版取次JRCと契約しました。

これまではほぼ直販のみで、新刊を出しても書店に置かれることはありません
でしたが、今後は全国の書店店頭(大型店が中心)に並びます。Amazon以外の
主要ネット書店での販売も可能になりました。

これで編集室水平線の名前と本を知っていただく機会がふえます。よかったです。

というか、なら早よやっとけや、ということなのですが、おれは独力で売るぞ、
みたいな妙な意地があり、してきませんでした。しかし、なかなか思うように
はいかないんですね。次第に、あまりにも著者に申し訳なくなり、今回の決断
にいたった次第です。

むー。

 *****

オンラインマガジン『雨晴』の連載陣に、1月から「しろくま」さんが加わり
ました。

全体のタイトルは『銀世界』(絵)。現時点で、第1回「虚空」と第2回「波」
を公開しています。
https://suiheisen2017.com/shirokuma/2743/
https://suiheisen2017.com/shirokuma/2890/

絵に添えてある言葉とあわせてご覧ください。

 *****

ポッドキャスト、(まれに)やってます。

3月30日(土)に、第10回「『和合の郷』」を配信しました。20分です。

チャンネル登録がまだの方は、どうぞお願いいたします。チャンネル名は「編
集室 水平線 Podcast」です。AppleまたはGoogleのポッドキャストで「編集室
水平線」と検索してみてください。

iPhoneやiPadでは、ホーム画面上にポッドキャストのアイコンがすでにあるは
ずです。Androidの場合は、Google Playから「Google Podcasts」をインストール
してください。

 ***

オンラインマガジン『雨晴』を、だいたい週に1回のペースで更新しています。
この間に公開したのは、以下のとおりです。

●しろくま『銀世界』
第1回「虚空」
https://suiheisen2017.com/shirokuma/2743/
第2回「波」
https://suiheisen2017.com/shirokuma/2890/
●亀山亮『戦争』
第8回「被弾(パレスチナ)」
https://suiheisen2017.com/kameyama-ryo/2673/
第9回「メキシコ・低強度戦争」
https://suiheisen2017.com/kameyama-ryo/2834/
●西尾漠『極私的原子力用語辞典』
第23回「トイレなきマンション」「東海再処理施設」「東京電力」
https://suiheisen2017.com/nishio-baku/2681/
第24回「動燃」「特定重大事故等対処施設」「トリチウム」「トリップ」
https://suiheisen2017.com/nishio-baku/2703/
第25回「中曽根札束予算」「2次冷却系」「日米原子力協定」
https://suiheisen2017.com/nishio-baku/2856/
第26回「日本原子力産業協会」「日本原子力発電」
https://suiheisen2017.com/nishio-baku/2858/
第27回「日本原燃」「NUMO」「濃縮」
https://suiheisen2017.com/nishio-baku/2860/
●諸屋超子『くたばれ』
第8回「ブルーにしないで」
https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2706/
第9回「さあ、ご一緒に」
https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2881/
●姜湖宙『ストライク・ジャム』
第8回「蹂躙」
https://suiheisen2017.com/kang-hoju/2750/
第9回「越境する魚」
https://suiheisen2017.com/kang-hoju/2902/
●中里佳苗『生きた「吹き溜まり」 「湘南プロジェクト」の記録』
第16回〜第18回「「湘南プロジェクト」とは何か」1〜3
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/2767/
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/2772/
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/2780/

オンラインマガジン『雨晴』は、アプリ「編集室 水平線」内で公開しています。
以下のページから、お手持ちのスマートフォンやタブレットに、インストール
をお願いします。
https://suiheisen2017.jp/appli/

『雨晴』はsuiheisen2017.comでも読むことができますが、アプリを入れると、
毎回プッシュ通知で更新情報が届きますので、こちらを推奨しております。

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【作業日誌+α】2023年12月〜2024年3月
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●12月4日(月)
18時前、森元斎さんから電話。上野俊哉さんとサウダージ・ブックスのアサノ
タカオさんと一緒にいるから西も来ないかとのお誘い。よろこび勇んで夜の街
に向かう。おふたりとお会いするのは初めて。落ち合ったあと「酒菜屋 ながれ」
へ。車で来たのでノンアル。途中から長崎製糞社のダダイスト、シゲちゃんが
合流。たのしい一夜となった。

●12月10日(日)
MBSラジオ『作家・辺見庸が語る21世紀のパンセ 新しい戦時下について』
を聴く。1944年生まれ。「戦後とともに生きてきた」。テクノロジーの飛躍的
な進歩と、人間の思想の後退。「人間性」のなかの「非人間性」の突出。「人
間的」という言葉の再定義が必要になっている。9.11(2001年)後、ジャン・
ボードリヤールは、これからの人間社会で起きることは「発作と痙攣ではない
か」と語った。核戦争はありうるだろう。メモ。

●12月15日(金)
川原一之『和合の郷 祖母・傾山系土呂久の環境史』入稿。ようやく組版にま
わった。夜中に起きて昼飯ぬき。きつい。A5判で何ページになるか。600くら
いか。写真・図表が多くて見当がつかない。1月末校了で3月完成。厳守。

●12月22日(金)
昨日につづき雪。積もりはしないが思ったよりも降っている。ガザ地区の死者
は2万人を超えた。うち8000人が子ども。産経ニュースで3Dプリンター住宅
の映像を見た。着工から竣工まで24時間、しかも300万円台の家。ウクライナ
政府から復興住宅としての問い合わせもあるという。防衛装備品移転三原則お
よび運用指針の改定、閣議決定。殺傷能力のある武器輸出が可能になる。憲法
9条の9の字も出ない。

●12月26日(火)
昨日、川原一之『和合の郷』の初校が届いた。著者からも到着の連絡。584ペー
ジ。さっそく印刷所に見積もりと束見本を依頼。年明け10日までに戻す。昼前
に速報「全国初の代執行へ通知発送 沖縄・辺野古の新基地建設 国交相が28
日に設計変更を承認へ」(沖縄タイムス)。県は最高裁へ上告する方針で準備
を進めているが、代執行を止める効力はなく、逆転勝訴しないかぎり工事を止
めることはできない。

●1月5日(金)
能登半島地震、日航機の事故、小倉の飲食店街での火災、山手線の切りつけ事
件と、ひどい年明けになった。1日は大きく揺れた。夜中も頻繁に余震があり、
よく眠れなかった。伏木の実家は無事だったが、小学校時代の同級生は避難所
へ、周辺は断水だという。義弟の氷見の実家は傾き、斜め前の家は1階がつぶ
れてテレビニュースに映っていた。3日、富山から長崎に戻った。

●1月13日(土)
版画家の山福朱実さんから『和合の郷』の装画が届く。素晴らしく、感激。装
丁がどうなるか楽しみだ。あらためて気合いが入る。

●1月19日(金)
読んでも読んでも終わらない。

●1月26日(金)
午前中、再校赤字ゲラを発送。明日着予定。昼すぎに『雨晴』の更新。新連載
(絵)、しろくまさんの「銀世界」。インスタグラムで作品を目にし、連絡を
とった。反応はどうだろう。森さん来たる。雑談。

●2月1日(木)
昨日ニュースレターの配信日だったが、忙しすぎて出せなかった。ポッドキャ
ストもしばらくやってない。『増補新版 言葉と戦争』、やっと全国発売。

●2月8日(木)
晴れ。仕事場の窓から陽が差し込んでいる。高熱が出て数日間、昨日までずっ
と寝ていた。たぶん厳しいスケジュールのせい。校了はした。あとは白焼きと
色校のチェックのみ。午前、締切を延ばしてもらった請負仕事に取り組む。藤
井セイラさんからLINE。連載記事のことなど。お昼に五木うどんを食べる。
午後、請負仕事を再開。注文していた佐藤正午の新刊『冬に子供が生まれる』
(小学館、2024)が届いた。

●2月9日(金)
『和合の郷』の色校を昭和堂のKさんが持ってきてくれた。カバーを束見本に
巻いてみる。最高。堂々たる存在感。装画も美しい。感慨もひとしお。ついに
フィナーレである。

●2月14日(水)
第2回西脇順三郎賞、発表日。大谷良太『方向性詩篇』が最終候補に残ってい
たので気になって頻りにサイトをチェック。が、いつまで経っても画面が更新
されない。夕方やっと判明。受賞作は広瀬大志『毒猫』(ライトバース出版、
2023)。クソっ!

●2月17日(土)
長崎ランタンフェスティバル。「皇帝パレード」で福山雅治が登場。皇后役に
仲里依紗。どちらも長崎出身。観覧に約17万人が応募。倍率6.5倍。結構なこ
とだ。姜湖宙さんの『湖へ』(書肆ブン、2023)、中原中也賞のがす。

●2月19日(月)
朝、大雨大風。午前、用事。昼、帰宅。午後、仕事。Radiohead『Kid A』。や
る気が出ない。GABA食べる。校正。

●2月26日(月)〜28日(水)
新原道信先生、来崎。1年ぶり。初日は近況報告等。2日目は佐世保へ。風が
強くて寒さに凍える。リムピースの篠崎正人さんの案内で、弓張岳、相浦駐屯
地、海軍墓地をめぐる。弓張岳では佐世保の全景を見ながら米軍および自衛隊
基地の現状について詳しい説明を聞くことができた。昼食、カレー。篠崎さん
と別れたあと先生と二人で佐世保セイルタワーを見学。佐世保ワシントンホテ
ルに一泊。最終日は浦頭引揚記念資料館を訪問。途中迷子になったが無事到着。
14時ごろ長崎空港で先生と別れた。

●3月1日(金)
晴れ。西日本新聞の内門博さんからメール。来週長崎に行く予定ありとのこと。
午前、『雨晴』の更新。諸屋超子さんの「さあ、ご一緒に」。これには感動し
た。大谷良太さんが送ってくれた『現代詩手帖』3月号で西脇順三郎賞の選考経
過・選評を読む。『方向性詩篇』は受賞していてもおかしくなかったようだ。
大谷さんの最新作「たとえばガザで 2024.1.22」も載っていたのでそれも読む。
現時点でガザでの死者は3万人超、全域で少なくとも57万6000人が餓死寸前
(国連報告)。ロシアがウクライナに侵攻して2年が経つ。

●3月9日(土)
午後、トランスジェンダーで華僑2世かつ被爆者の「マダム南支(ナンシー)」
こと鄭徳財さん(78)の講演会に参加。満員。ご本人も、金色のドレスも所作
も言葉遣いも美しい。そして話がおもしろい。最後は得意だという歌をうたっ
て喝采のなか締めくくり。ひとやすみ書店の城下さんが出張販売に来ていた
(辻本侑生・島村恭則編著『クィアの民俗学 LGBTの日常をみつめる』実生社、
2023)。明日は作家の小野正嗣さんにお会いし、午後は日本文学研究者ロバー
ト・キャンベルさんの講演会に行く予定。濃い週末。

●3月18日(月)
午前、体が重く、だらだらしてしまった。午後、『増補新版 言葉と戦争』の
受注分を郵便局から発送。3時すぎ、川原一之『和合の郷』の完成本が届く。
きれいに仕上がっている。昭和堂のKさん「いい仕事をさせてもらいました」。
請求書の額を確認し、すぐに振り込み。本ができたときのうれしさは、何冊つ
くっても変わらない。

●3月19日(火)
東京へ。ブックデザイナー鈴木一誌さんを偲ぶ会に出席。「スクワール麹町」
3階、18時開始、参加者は約180名。300冊を超える「鈴木本」が会場に並んだ。
手に取って中を見ることができたので、とくに興味をひかれたものを開く。『JIS
漢字字典』(芝野耕司編著、増補改訂版、日本規格協会、2002)がすごかった。
デザインのみならず、「編集者としての鈴木一誌」の仕事が際立っている。ス
ピーチはみな黙って聞いたほうがよい。

●3月26日(火)
朝起きて下に降りてきたら、子どもがもう着替えて寝そべりながら何度目かの
『コロコロ』を読んでいた。昨日の夜は漢字ドリルをがんばっていた。来月か
ら小学3年生。

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【本棚の本】ジャン・ジュネ『シャティーラの四時間』 ほか
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●ジャン・ジュネ『シャティーラの四時間』鵜飼哲・梅木達郎訳、インスクリ
プト、2010年

●ターハル・ベン=ジェッルーン『火によって』岡真理訳、以文社、2012年

●パレスチナ蜂起統一民族指導部編『インティファーダ・石の革命 パレスチ
ナ−地下からの呼びかけ』同書刊行委員会訳、第三書館、1993年

●藤井貞和『増補新版 言葉と戦争』編集室水平線、2023年

●鶴見俊輔著・木村哲也編『内にある声と遠い声 鶴見俊輔ハンセン病論集』
青土社、2024年

●森元斎『死なないための暴力論』集英社インターナショナル新書、2024年

●川原一之『和合の郷 祖母・傾山系土呂久の環境史』非売品、2024年

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【『雨晴』から】諸屋超子『くたばれ』第9回「さあ、ご一緒に」
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林芙美子は魚臭い廓について「お女郎は毎日秋刀魚ばかり食べさせられて、体
中にうろこが浮いてくるだろう。」と書いた。秋刀魚が安物だった時代のこと。
一方、2024年の我々は、秋刀魚はそろそろ高級魚の仲間入りだと嘆いている。

秋刀魚は秋刀魚として生まれただけだ。とって喰われるだけでも嫌なのに、安
いだの高いだのぶつぶつ言われていい迷惑だろう。

いまや死語となった「適齢期」という言葉によって、市場価値が高いだの低い
だの大暴落だの売れ残りだの、好き放題言われた女たちは、しかし未だ死んで
はいない。死ぬどころかまだまだピンピン生きている。

須賀真智子は、今日が給料日であった。エコバッグから野菜を取り出しながら
習慣でテレビをつけた。

「最近の女子大生の結婚観は実に昭和的で向上心に欠け……」

訳知り顔の大学教授がふんぞり返って話している。実に気持ちよさそうに話し
ている。人は自分の話を聞いてもらう時、本当に気持ちの良さそうな顔をして
いるものである。

「どうして『お偉いさん』たちは今でも男ばかりなんでしょう? 同じ仕事を
していても男女間でお給料の格差があるのはなぜでしょう? ところで『女子
大生』って昭和的な響きがありますね」とはインタビュアーは言わなかった。
ただただ相槌をお上手に打っていた。彼のこの愛らしさを最大限に引き出すよ
うな髪型と清潔感あふれるスーツは、一体誰が選んでいるのか。きっとプロフ
ェッショナルだ。イメージという曖昧なものを明確に捉えているプロフェッシ
ョナルだ。世の中にはいろんなプロフェッショナルがいるものだ。

真智子は今日、仕事帰りにデパートの婦人服セールに立ち寄った。お給料日に
セールがあっているなんて、こんな幸運滅多にないぞと張り切ってエスカレー
ターを上がって行ったが、ニットの一枚にも手が出ずに会場を出た。

八百屋に寄って、チコリ、ケール、プチベール……愛らしくフリルのついた野
菜たちを買って帰る。冷蔵庫にあるパプリカ、レッドキャベツ、ミニトマトと
カラーコーディネートだ。

「ドレスが買えないなら、野菜を買えばいいじゃない?」

そうそう。とっておきのエディブルフラワーもあったのだ。あれをサラダに散
らそう。それから、宝石みたいなナツメも買ったから、キラキラの春雨と合わ
せて作ったことのない中華スープにチャレンジしたいな。1人じゃ食べきれそ
うもないから、環ちゃんに声をかけよう。

真智子は知らず知らずに笑顔になる。独身、中年、貧乏のトリプルパンチの真
智子であるにも関わらず、笑顔で買い物を抱えて帰ったのである。

環は先日、10年来の不倫関係にあった男にケリをつけた。ケリをつけたという
か振られたのだが、どっちだって同じことだ。

「私、カルト信仰の人って嫌いよ。純粋を装っていても結局、欲の皮が突っ張
ってるのよね」

環が先日、ワイドショーで政治家のスキャンダルを眺めながら言い放った言葉。

環の相手の男には、真智子も1度会ったことがあった。男は、自分の使ってい
る食器用洗剤とフライパンを買ったほうがいいと熱心に勧めてきた。会員価格
で手に入るから「お値打ち」だと男は息巻いた。その目の充血と皮脂のテカリ
は今でも忘れられない。なんだかギトギトしたリビドーを見せつけられたよう
で、真智子はその夜、夕飯の上海焼きそばをすっかり戻してしまった。

男と会っていた頃、真智子にとって環はちょっと嫌なことをいう奴だった。

「真智子、せっかくキレイなのに勿体無い」

「女を捨てちゃおしまいよ」

しかし、最近は考えを方向転換したらしい。曰く

「女でいようとするから、男から『俺の女』として捨てられるのだ」

女とか男とか、若者とか年寄りとか、金持ちとか貧乏とか、病人とか健常者と
か、マジでうるせえ。

真智子はつくづくそう思う。眉のかっこいい描き方の練習も、まつ毛をセパレ
ートに広げるマスカラ選びも、秋刀魚みたいに札をつけられ並べられるために
やってるわけじゃない。

2人には好きに生きるためにやっていることがいくつかある。

まず、「ゲーセン」で遊ぶ。ゲームセンターのことだ。せっかくおばさんにな
ったのだ。おばさんが「ゲーセン」にいたら面白いから、張り切って遊びに行
く。

同じ本を読んで、可笑しかったところを2人で指さして大笑いする。辛辣なツ
ッコミが入れられると、ゲラゲラ笑って喜ぶ。

YouTubeで流行っているダンスの練習をする。ちょっと練習しただけで真智子
がギックリ腰になった時には、情けなさが可笑しくて、2人とも涙を流して大
笑いした。

真智子は若い頃、お金持ちになりたかった。美人にもなりたかったし、教養の
ある人にもなりたかった。

手始めに身を粉にして働いてみたが、そのおかげでお金は入ってくるが、身も
心もズタボロになった。肌荒れ解消のための買い物や、キャリアアップのため
の勉強で金も時間も消えて行った。買ったまま読めない本だけが溜まって行っ
て、そうやって失ったものが惜しくてたまらなくなり、夜になると酒を飲んで
起きていようとした。起きて取り戻そうとするのだが、ただ頭痛とむくみの朝
がやってくるだけだった。

毎日、何も出来ないまま日が暮れては日が昇り、やがて消化不良は不安に変わ
り、何か取り返しのつかない失敗をしてしまうのではないかという漠然とした
不安が付き纏うようになった。

不安を打ち消すように懸命に働けば働くほど、金はなくなり人からは嫌われて
行った。人に好かれたくて、好かれるパワーが欲しくて、金や美貌や教養を欲
していたのに、パワーで惹きつけるはずが、どんどん嫌われて行くのが可笑し
くて、なんとも切ない笑いが込み上げた。このレースから早く降りたいのに、
降り方がすっかり分からなくなっていた。

フライパンの男も案外レースから降りられなくなっただけの悲しい奴なのかも
しれないと、今になって真智子は思う。

降りられないレースを走り続け、疲弊した真智子は、死にたい夜を過ごし続け
て3ヶ月。えいっと思い切って会社に退職願を提出した。降り方なんて大した
ことなかったのかもしれない。しかし、降りてからも、真智子は何ヶ月も生き
ていることへの罪悪感が拭えずに苦しんだ。

そんな日々も今は昔。楽しみにしていた退職金や年金の積立はなくなり、将来
に希望は無くなった。

もしかしたら今後、真智子や環が、金持ちになったり、玉の輿に乗ったり、広
々とした一軒家を手に入れるなんてことはないのかもしれない。いや、きっと
ないだろう。だからこそ、今日、きれいな食用花びらをなんの迷いもなく頬張
って飲み下せるのだ。

請求書に優先順位をつけながら、ネットショップの買い物かごに買うあてもな
い商品を投げ入れながら平気で笑っていられるのだ。

真智子と環にはプチヴェールのペペロンチーノと、色とりどりのサラダ、リプ
トンの紅茶に氷をつけて乾杯した。

「いつかのための辛抱は、希望のある人だけがすることよ。希望を失ったのだ
から、もうなんの遠慮もいらないよね。さあ、ご一緒に! 朗らかに歌いまし
ょう!」

真智子と環は大きな声で妖怪人間のテーマを歌う。

ケリのついたはずの男からの着信、払いきれない請求書、出し忘れた不燃ごみ。

春の近づく温かな夜の中、みんな一緒に歌っている。

(了)

(アプリ「編集室 水平線」のインストールは、以下のURLからお願いします。)
https://suiheisen2017.jp/appli/

……………………………………………………………………………………………

お読みいただき、どうもありがとうございました。

よろしければ、友人・知人のみなさまに、このニュースレターの存在を知らせ
ていただけましたら幸いです。

編集室 水平線(発行人=西 浩孝)
〒852-8065 長崎市横尾1丁目7-19
Website: https://suiheisen2017.jp/

……………………………………………………………………………………………

●ご意見・ご感想は、下記の「お問い合わせ」フォームからお願いいたします。
https://suiheisen2017.jp/contact/

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第5号 https://suiheisen2017.jp/update/3450/
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