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編集室水平線のニュースレター「ひとりから、長崎から」第18号(2025.11.28)
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こんにちは。編集室水平線の西浩孝です。
ニュースレター「ひとりから、長崎から」第18号をお届けします。
みなさん、高市政権をどう思われますか?
わたしは、打倒しなければならないと思います。
(このレターは、PCで読まれることを想定しているので、スマートフォンでは
読みにくいかもしれません。あらかじめご了承ください。)
(↑これと↓これ、毎回書いていて恐縮ですが、新しく登録していただいた方
のためにそうしています。以前から読んでくださっている方には恐縮です。)
*****
ニュースレターの内容紹介です。
「新着情報」では、文字どおり、水平線および水平線の刊行物に関する最新の
情報をお知らせします。
「作業日誌+α」は、ニュースレターが隔月配信なので、その2か月のあいだ
にメモした記録を掲載します。「+α」とあるのは、編集作業とは関係のない
記述も含まれているためです。
「海岸線」は、編集人(わたし)による書きものです。そのときに書きたいこ
とを自由に書いていきます。今回のタイトルは「校正」。
「本棚の本」では、水平線(わたし)の本棚にある本を紹介します。
「『雨晴』から」は、オンラインマガジン『雨晴』(suiheisen2017.com)のなか
から、公開済みのひとつを選んで、一部または全部を掲載するものです。今回
は、姜湖宙さんの連載『ストライク・ジャム』の第18回「記憶」です。
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それではどうぞご覧ください。
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【新着情報】来年(2026年)の刊行予定 など
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今年は新刊を1冊も出せませんでした。情けない。
情けないといえば、これまでも情けなかった。
2017年2冊、2018年1冊、2019年0冊、2020年0冊、2021年1冊、2022年0
冊、2023年2冊、2024年1冊、2025年0冊で、8年間で7冊です。
1年に最低1冊は出したい。いや、2冊くらいは出したい。3冊なら、なおよい。
4冊、5冊なら、もっとよい。
というわけで、以下、現在進行中のラインナップです。がんばります!
●西尾漠『極私的原子力用語辞典』
「後世に残る論文には載ることのない、インターネットで検索しても出てこな
いような『スクラップ情報』を、残しておきたい」。IAEA(あ)、核管理社会
(か)、再処理工場(さ)、脱原発(た)、中曽根札束予算(な)……100以上
の用語を扱う「読む辞典」。
●亀山亮『Mexico Civil War(仮)』
殺戮と略奪が日常化したアフリカの紛争地帯を撮影した『AFRIKA WAR JOUR-
NAL』(リトルモア、2012)で土門拳賞を受賞した亀山亮による最新写真集。
企業と政治とカルテルが三位一体となり、汚職や暴力、暗殺と誘拐が支配する
メキシコの今を伝える。
●鈴木一誌『批評としてのブックデザイン(仮)』
文化や思考が「停止」する現在において、ひとり「批評」という営為を実践し
た稀代のブックデザイナー鈴木一誌(1950-2023)。雑誌『d/SIGN』や『ユリイ
カ』に発表された論考を中心に、デザインを〈運動〉〈たたかい〉として捉え
た鈴木独自の身ぶりをまとめる。
●伊藤明彦『原子野の「ヨブ記」 かつて核戦争があった』
シリーズ「伊藤明彦の仕事」第2巻。北は青森の津軽地方から南は沖縄の宮古
島まで、全国21都府県の被爆者1000人の「声」をあつめた著者の主著。ヒロ
シマ、ナガサキ、そしてビキニ──圧倒的作業の中からおのずと結晶した、思
想的・文学的達成。
●姜湖宙『窓を閉める(仮)』
第一詩集『湖へ』(書肆ブン、2023)で小熊秀雄賞を受賞した詩人の第二詩集。
1996年、韓国・ソウル生まれ。2003年、母親と妹と共に渡日。日本とソウルと
を行き来しながら、東京で育つ。「自分は何者か」を問い続けて綴られる、切
実な思いが言葉になる。
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オンラインマガジン『雨晴』を、ぼつぼつ更新しています。
この間に公開したのは、以下のとおりです。
中里佳苗さんとしろくまさんの連載は、今回で終了しました。
●中里佳苗『生きた「吹き溜まり」─「湘南プロジェクト」の記録』
第31回〜第33回「「祭り」へのいざない─「湘南プロジェクト」の「終わり」」
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/3606/
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/3609/
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/3611/
●姜湖宙『ストライク・ジャム』
第18回「記憶」
https://suiheisen2017.com/kang-hoju/3652/
●しろくま『銀世界』
第11回「夜明け」
https://suiheisen2017.com/shirokuma/3676/
オンラインマガジン『雨晴』は、アプリ「編集室 水平線」内で公開しています。
以下のページから、お手持ちのスマートフォンやタブレットに、インストール
をお願いします。
https://suiheisen2017.jp/appli/
『雨晴』はsuiheisen2017.comでも読むことができますが、アプリを入れると、
毎回プッシュ通知で更新情報が届きますので、こちらを推奨しております。
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【作業日誌+α】2025年10月〜2025年11月
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●10月6日(月)
晴れ。すっかり秋。すこし散歩。気持ちがよい。ジュンク堂池袋本店で『大江
満雄セレクション』(書肆侃侃房、2025)の選書フェア。木村哲也さんから写
真が届く。『来者の群像』も平積み。JRCからこの間の売上が振り込まれる。
自民党新総裁は高市早苗。
●10月8日(水)
オンラインマガジンの更新。中里佳苗さんの連載『生きた「吹き溜まり」─
「湘南プロジェクト」の記録』が終わった。執筆期間3年。600枚超。注文し
ていた東京都写真美術館編『ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ』(展覧
会[2025.8.28-12.7]公式カタログ、ソリレス書店)が到着する。「私は自分の
映画では、世界が無数の徴(しるし)を通じて語りかけてくるように仕事をし
ています」。イスラエル、グレタ・トゥーンベリさんら活動家170人を国外追
放。GABAを食べてストレスを低減する。
●10月10日(金)
世界死刑廃止デー。長崎原爆資料館ミュージアムショップに『未来からの遺言
/被爆太郎伝説』の請求書(上半期分)を送る。やはり8月がよく売れた。午
後4時ごろ、森元斎さん来たる! 久しぶりに会えたので、うれしくなってし
まう。近況、愚痴、悪口など。夕飯も一緒に、夜8時くらいまで。すこぶるデ
トックスできた。
●10月15日(水)
『週刊現代』2025年10月27日号。荒俣宏が蔵書2万冊を処分し、半分は「産
業廃棄物」として捨てられたという衝撃の記事を読む。奇しくも夜7時から荒
俣と鹿島茂による紀田順一郎追悼対談があることを知り、即オンライン参加を
申し込んだ。それにしても今さらながら、雑誌を手に入れるのが難しい。意地
で車でコンビニ5軒を回ったが、そもそもコーナーがない(1店除く)。結局
Kindle。しろくまさんから『雨晴』連載最終回の絵と言葉が届く。
●10月17日(金)
晴れ。午後、好文堂書店へ。精算。続いてひとやすみ書店へ。爆買いで売上が
瞬時に消失。帰宅して、『コロコロコミック』11月号を子どもの机の上に置い
ておく。「ベベベベベイビー」と「でんぢゃらすじーさん」は笑える。夜、
『どこかの遠い友に 船城稔美詩集』(柏書房)刊行記念、木村哲也+斎藤真理
子「詩とともに生きる」(@twililight)をスマホで視聴。OSHIKIKEIGO「喩え
て」。
●10月21日(火)
朝。一気に涼しくなった。ちょっと寒いくらい。長袖を着る。午前10時、本
の搬入。いよいよ在庫を置くスペースが無くなってきた。村山恒夫さんに『桜
映画の仕事1955→1991→2025』(桜映画社、2025)を頂いたお礼のメールを送
る。ウェブ版があり、チラシとサンプル動画が観られる。「読む社史」と「見
る社史」。このハイブリッドはすごい。午後、モリサワの「文字組版の教室
InDesign編」を受講。約2時間半。途中からほとんど付いていけなくなった。
プロの水準と手間。最後までゲラに赤字をばんばん入れて、「西さんはブラッ
クリストに載っています」と印刷所の人に言われた過去の自分を大いに反省した。
●10月23日(木)
午前、溜まりに溜まった郵便物と資料の整理。すぐ嫌になる。エンヤをかけて
も無駄。昼、ビビンバ炒飯と枝豆。午後、スマートレターが厚さ2センチ超え
で返ってくる。配達員の点呼をしてなかったくせに、こっちばっかりチェック
して。西尾漠さんの『極私的原子力用語辞典』の原稿整理がまだ終わらない。
夕方、東畑開人×三宅香帆「読書とカウンセリングと個人主義 人生における
文学の役割とは何か」(10月17日、ジュンク堂池袋本店でのトークイベント、
アーカイブ配信)。「カウンセリングとは、近代の根源的なさみしさのなかで、
人が可能な限り、正直に、率直に、ほんとうの話をすることを試み続ける場所
である」(東畑『カウンセリングとは何か 変化するということ』講談社現代
新書、2025)。
●10月27日(月)
晴れ。だるい。日経平均株価が5万円突破。昨日また畦町のJUNE COFFEEに
行った。角力灘と島々を前に、ぼーっとしていた。午前・午後、西尾さんの原
稿整理をぶっ通しで。夕方、録画してあった「ドキュメント九州」『こうして
僕らは生きている』を観る。鹿児島にある「ラグーナ出版」。従業員44人(!)
のうち、精神疾患を抱える人の割合が8割。発行する雑誌『シナプスの笑い』
は約20年間つづいているという。寝る前に『DUO 3.0』。
●10月29日(水)
寒くてふとんから出られない。午前、『極私的原子力用語辞典』の原稿整理を
終え、西尾さんにメール。組版にまわす前に解消すべき疑問点は、追ってワー
ドにまとめてお送りする旨を伝える。ほっとした。蒟蒻ゼリーを食べる。午後、
発送作業。受け取ってからすでに1か月が過ぎた何通かのメールに返信。注文
していた津野海太郎『編集の明暗』(宮田文久=編、黒鳥社、2025)が届く。
一度だけ会った津野海太郎の目つきは鋭かった。ほかに鋭かったのは、鶴見俊
輔、小田実、辺見庸……20代半ばで辺見さんと初めて相対したときはチビるか
と思った。
●10月31日(金)
雨。早起き。ラジオ体操をした。長崎新聞の1面「トランプ氏 核実験指示
中露に対抗『直ちに始まる』」。ソフトバンク、阪神を破り5年ぶり日本一。
NHKの人から被爆80年関連で取材依頼のメールが来た。昼、バターチキンカ
レー(レトルト)。15時、新原道信先生と定期のオンライン。最新原稿の感想
を伝える。今日は1時間ちょっとで早めに終了。魔が差してTikTokを見てしま
う。頼むからみんなもう踊らないでくれ。
●11月5日(水)
くもり。10時、知人の友人であるOさんが仕事場に訪ねてくる。お土産(山梨
の銘菓・くろ玉)をもらった。本を2冊買ってくれた。人が去って、さみしい
気持ちになる。先週テレビ放送された長崎ケーブルメディア制作のドキュメン
タリー『被爆者の魂と生きた男 伊藤明彦』を観た。とても良かった。数日前に
電話で頼んだ『ホダカブック 車椅子ユーザーの僕がオススメ長崎グルメ』
(にゃドバイス付き、無料)が届く。22歳の社会福祉士をめざす長崎純心大学
4年生・織田帆尊(ほだか)さんが作った冊子。テレメンタリー2025『俺と朝市
とキッチンカー 輪島 食堂店主の21か月』は、能登半島地震(2024年元旦)
による火災で経営する食堂を失った紙浩之(かみ・ひろゆき)さんに密着する。
●11月7日(金)
ひと段落。Fさんから電話。ザ・ノンフィクション『私のママが決めたこと
命と向き合った家族の記録』(2024年6月放送)のVol.1とVol.2を観た。夫
と2人の娘と暮らすマユミさん(44)は、全身に広がったがんによる耐えがた
い苦痛のなかで、スイスでの「安楽死」を決断する。どう考えたらよいのだろ
うか。夕方、佐々木昭一郎の『四季 ユートピアノ』(1980年)を観た。すべ
てが美しかった。「映像詩」と言うほかない。中尾幸世が目に焼きついて離れ
ない。
●11月10日(月)
昨日、毎月9日におこなわれている「永遠(とわ)の会」朗読会で、元NBC
のHさんから、伊藤明彦さんの直筆手紙等を譲り受けた。帰り、くさの書店に
寄って来年の手帳を買った(高橋、ティーズビュー7、No.171ネイビー)。立
花孝志逮捕。今朝は疲れていて、9時すぎにやっと起きた。藤井セイラから電
話あり。西尾さんとメールの往復。みすず書房の『コンパートメントNo.6』と
『無数の言語、無数の世界』、法政大学出版局の『はじまり』が気になるが、
値段的に、現物を見ずに買うのはためらわれる。吉國元さんから個展「深い河」
(11.2-12.13)の案内ハガキ。ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエテ
ィーク』(訳=山田登世子、解説=今村仁司・渡辺優、ちくま学芸文庫、2021)
をぱらぱらと。初版は1987年、国文社。
●11月12日(水)
今日は私の好きな串田孫一の誕生日らしい。11時2分、Jアラートの試験放送。
中国新聞論説委員・森田裕美さんから掲載紙(2025.10.22)が届く。ここ1週
間ほど、やけにスナック菓子が食べたく、また近くのデイリーヤマザキに行き、
唯一無二の罪な味「ピザポテト」を買ってしまった。午後、引き続き割付作業。
今回はめったにやらない横組みで怖い。西尾さんから略歴が届く。外が暗い。
雨が降りそう。SさんにCanvaというものを教えてもらった。
●11月18日(火)
矢澤修次郎先生から新刊『フューチャー・デザインと社会学』(西條辰義・野
宮大志郎編、勁草書房)を頂いた。JRCから久しぶりに注文が来る。市民運動
ネットワーク長崎の会報が届く。サラ・オーグルヴィ『世界最高の辞典を作っ
た名もなき人びと』(訳=塩原通緒、解説=山本貴光、早川書房、2025)を買
う。早川書房の本にはなぜいつも「翻訳権独占」と書いてあるのだろうか。校
正仕事の依頼あり。YouTubeで「写真家・鬼海弘雄を語る」第9回を観る。
『PERSONA』や『東京夢譚』を出した草思社の藤田博さんへのインタビュー。
●11月21日(金)
くもりのち晴れ。午前10時、NHKの人が仕事場に来て、取材を受けた。約1
時間半。「DO MORE NAGASAKI 被爆80年、今できることを」として来週金
曜日に放送されるそう。恥ずかしい。ILLIT「Magnetic」。NPO法人「被爆者の
声」関係でまた弁護士事務所に行くことになるかもしれない。夜7時から、祖
父江慎×水戸部功×名久井直子×鈴木成一「良い装丁ってなんだろう?」(デ
ビュー40周年記念展示「鈴木成一書店」関連イベント、本屋B&B、ウェビナー)。
面白すぎて2時間では足りない。
●11月24日(月)
長崎原爆資料館で原爆ドキュメンタリー上映会&トークセッション「原爆報道
のこれから」。13時開演。『もう碑(いしぶみ)は建たない』(1975年芸術
祭大賞受賞作品)、『夏空の灰 被爆体験者は何者か?』(2024年民間放送
連盟賞出品作品)、『広島・長崎を伝えたい ある市民ジャーナリストの軌跡』
(2006年「地方の時代映像祭」特別賞受賞作品)の三本。登壇者は、舩山忠弘、
古川恵子、横山照子、林田光弘の各氏(進行:塚田恵子さん)。長時間だったが、
来た甲斐があった。帰り、平和公園前で舩山さんとばったり会ったが、話し始
めたところでバスが。早めに床についた。
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【海岸線-16】校正
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中公文庫の新刊、長谷川鑛平『本と校正』をおもしろく読んだ。著者は岩波書
店と中央公論社で校正者として勤めること三十有余年。初版は1965年、中公
新書。新たなコラム3篇と新・校正練習問題を追加した増補新版。
本作りにおいて、校正ほど恐ろしいものはない。有名な誤植がある。誤植とい
えばこの話である。本書でもやっぱり紹介されている(27ページ)。『聖書』
の1631年印刷の英訳本。旧約聖書「出エジプト記」のモーセの十戒の第六戒、
「なんじ姦淫するなかれ」Thou shalt not commit adultery.(20章14)のnotが、
どういうわけか、落ちてしまった。これによって、正反対の意味になった。
印刷者は罰せられ、とんでもない多部数だと思うが、その聖書は焼き捨てられ、
処分された。出版業界にいる者としては、「やっぱり出たあ」という、この話
のたびに不謹慎ながらウキウキして、少なくともわたしには笑いを禁じずには
いられない例である。
わたしが東京の大月書店という出版社にいた時に聞いた自社のトンデモ事件は、
料理本においてであった。あるとき会社に電話がかかってきて、読者が言う。
「ちょっと!! この料理、しょっぱすぎるじゃないの!!」。何かのレシピの
塩の量が、一桁多かったのである。
在職中にこれはひどいと思ったのは、算数の本。正確ではないが、3+4=8、
みたいのがあった。繰り返すが、算数の本である。大月書店には、校閲部はな
かったけれども、いつもフリーの校正者にお願いをしていた。しかし、誤植を
多発する編集者にかぎって、なぜかは知らないが、校正を頼まないのである。
ちなみにこれは、塩の量を間違えた人とおなじ人である。今度は違う人だが、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)がPSTDになっていたり(メンタルヘルスの
本である)、安倍晋三の「安倍」が、次の行には「安部」になり「阿部」になり、
(政治の本である)その他、なかなかのものがあった。
わたしはといえば、編集室水平線で出した本では、アメリカ同時多発テロ事件
(9.11)を「2001年」ではなく「2011年」にしてしまったこと(東日本大震災
と混同)が痛恨だった。大月時代でやってしまった一番は、奥付の印刷所の名
前を間違えたことだった(このページは、正誤表を挟むのではなく、一丁切り
替えた。奥付は聖域なのだ)。
固有名詞は最難関である。最後に、本書の帯の表4に書かれている「校正練習
問題」を挙げて終わりにしよう。
西田幾太郎
菊地 寛
安部能成
河合栄次郎
室生犀生
三島由起夫
このなかの誤り、分かりますか? 著者によれば、人名の誤植は、「三校まで
温存されていることがよくある」というが、三校までいってしまったら、もう
めったに見つけられないのではないかと、わたしは思う。
校正ほど恐ろしいものはない。わたしのこの文章にも、誤植があるかもしれな
い。
(おわり)
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【本棚の本】島本和彦『締切と闘え!』ほか
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●島本和彦『締切と闘え!』ちくまプリマー新書、2025年
●武藤大祐・夏堀うさぎ編著『現代ストリップ入門』書肆侃侃房、2025年
●水野しず『親切人間論』講談社、2023年
●ロドルフ・ガシェ『読むことのワイルド・カード ポール・ド・マンについ
て』吉国浩哉・清水一浩・落合一樹 訳、月曜社、2021年
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【『雨晴』から】
姜湖宙『ストライク・ジャム』
第18回「記憶」
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最も幼い頃の記憶はなんですか? と質問される。
たぶん、妹が生まれた時。韓国の病院のプレイルームで、一人で預けられてい
た。父や祖母は、母と生まれたばかりの妹を見に行っていて、私は一人ぼっち
だった。そこにはもう一人だけ、同い年くらいの男の子がいた。私は大きなクッ
ションブロックを使って、建造物をつくって遊んでいた。「それ、なに?」と
男の子から訊かれ、私は「基地だよ」と答えた。すると、その男の子に「基地
じゃない」と言われた。私がつくっているものが基地か否かという論争ではな
く、私が使った「基地」という言葉が間違っている、という指摘だった。「そ
れは基地じゃなくて、〇〇というんだよ」と彼は言った。私は、「私の幼稚園
では基地というんだよ」と返した。(幼稚園と言っている時点で、私は三歳を
超えているはずで、やはり、妹が生まれた時ではなかったかもしれない。)
「それはどんな体験だったと思いますか?」と、分析家に訊かれた。
「妹が生まれて、嫉妬や孤独、不安……だったと思います」
「基地とは、どんな意味のものですか?」
「たぶん、秘密基地のことでしょうね」
「あなたは…──
──今も秘密基地にいて、誰かに見つけてもらいたいのかもしれませんね」
そこは駅前の高級マンションの一室だった。私はエントランスで約束の時間に
なるまで本を読んでいた。そして、時間になると三〇三号室のベルを鳴らした。
「どうぞ」とだけ短い返答があって、オートロックのドアは開いた。部屋に入
ると、廊下があった。生活感がするのを避けるためか、廊下にある棚は完全に
白いカーテンで覆われていた。分析家は社会一般の精神分析家のイメージをき
ちんと踏襲していた。表情が乏しく、声は落ち着いて小さい。四畳ほどの部屋
は、カウチ、分析家が座る椅子、ガラガラの本棚だけだった。すべて白い色で
統一されていた。
私は分析家に幼い頃の記憶や成育歴を話しながら、しばしば本棚の方に目を逸
らしたり、腕組みをしたりした。私はそれに後から気付き、急いで分析家の方
に視線を戻し、腕をほどいた。しかし、一挙一動はすでに分析家に観察された
後であり、私は自分が不安や緊張を感じていることを、分析家に悟られている
のが無性に恥ずかしくなった。それから、自分が話していることが、果たして
本音なのかも疑わしくなった。
「ビザのことと、お母さんとの不仲がなければ、結婚しなかったと思いますか?」
「ええ…そうでしょうね、たぶん…」
「それでも、そのパートナーだった方には魅力的な部分があったんですか?」
「いいえ。破滅的な文学者でした。魅力のかけらもない…」
「ぶんがくしゃ?」
「はい。とてもダメな詩人でした。私には、ダメな人とばかり付き合ってしま
う傾向があるんです」
「大切にされると逃げたくなる?」
「はい、とても」
「どうして精神分析を受けようと思ったんですか?」
「私、韓国で飛び級して、一年早く小学校に入学したんです。けれども、そこ
で壮絶ないじめに遭ったらしく、半年ほどで学校に行かなくなって、母方の祖
父母の家に預けられました。ただ、そのいじめられていたあいだの記憶が、そ
っくりないんです。クラスメイトや担任の顔、教室の風景、学校の校舎、すべ
て、何一つたりとも覚えてないんです。医者には当時、ストレス性の健忘と診
断されました。それを、精神分析を通してだったら取り戻せるんじゃないかと
思って…」
一時間後、エントランスから出てきた私は、半ば興奮状態にあった。これほど
ゆっくりと、時間をかけて誰かに自身の来歴を話したことは、恐らく初めてだ
った。私はすぐに、マンションの近くにあったミスタードーナツに入り、おか
わり自由のホットコーヒーを何杯も飲みながら、分析家と話した一言一句を、
記憶を頼りに一つ一つ、丹念にノートに書き記していった。
二十三歳の時、苦しみの理由を探すことは、無意味だと悟った。なのに、今に
なって私は見たくないものを、無理やり見ようとしている。私の中の子供に、
ふたたび触れてみたいのかもしれない。
(おわり)
……………………………………………………………………………………………
お読みいただき、どうもありがとうございました。
よろしければ、友人・知人のみなさまに、このニュースレターの存在を知らせ
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編集室 水平線(発行人=西 浩孝)
〒852-8065 長崎県長崎市横尾1丁目7-19
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