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編集室水平線のニュースレター「ひとりから、長崎から」第16号(2025.7.30)
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こんにちは。編集室水平線の西浩孝です。
ニュースレター「ひとりから、長崎から」第16号をお届けします。
『だから唄おう 朴保 歌詞集』(ナイデル、2025)を読んで聴いてます。
チッチッチ 沈黙の民衆よ!
スマホばっかり見てないで
俺の話を聞いとくれ Wow Wow Wow
隣の世界をのぞいたら
何も知らなかった この俺さ〜
(このレターは、PCで読まれることを想定しているので、スマートフォンでは
読みにくいかもしれません。あらかじめご了承ください。)
(↑これと↓これ、毎回書いていて恐縮ですが、新しく登録していただいた方
のためにそうしています。以前から読んでくださっている方には恐縮です。)
*****
ニュースレターの内容紹介です。
「新着情報」では、文字どおり、水平線および水平線の刊行物に関する最新の
情報をお知らせします。
「作業日誌+α」は、ニュースレターが隔月配信なので、その2か月のあいだ
にメモした記録を掲載します。「+α」とあるのは、編集作業とは関係のない
記述も含まれているためです。
「海岸線」は、編集人(わたし)による書きものです。そのときに書きたいこ
とを自由に書いていきます。今回のタイトルは「矢澤修次郎先生」。
「本棚の本」では、水平線(わたし)の本棚にある本を紹介します。これは、
フェイスブック、インスタグラムに投稿しているものと同じです。→もう長い
あいだ投稿できていません:(˘•̥ㅁ•̥˘ ):あきらめました:(˘•̥ㅁ•̥˘ ):
「『雨晴』から」は、オンラインマガジン『雨晴』(suiheisen2017.com)のなか
から、公開済みのひとつを選んで、一部または全部を掲載するものです。今回
は、新原道信さんの連載『過去と未来の“瓦礫”のあいだで』の第10回「シコ・
メンデスはなぜ殺されたのか?」です。
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それではどうぞご覧ください。
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【新着情報】NHK戦後80年ドラマ『八月の声を運ぶ男』8月13日放送! など
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シリーズ「伊藤明彦の仕事」第1巻『未来からの遺言─ある被爆者体験の伝記』
を原案とした戦後80年ドラマ『八月の声を運ぶ男』が2025年8月13日(水)
夜10時からNHK総合で放送されます!
https://www.nhk.jp/p/ts/663796R2L1/
主演は本木雅弘さん、脚本は『太平記』『麒麟がくる』などで知られる池端俊
策さん(広島出身)。出演者は、石橋静河さん、伊東蒼さん、尾野真千子さん、
田中哲司さん、阿部サダヲさんなど、超豪華です!
編集室水平線も企画協力しました。絶対に見てください!
*****
ドラマだけではありません。講談師・神田伊織さんが、やはり『未来からの遺
言』を題材に「被爆太郎の物語」という新作を作り上げました!
2025年8月24日(日)、長崎原爆資料館ホールで口演(第一部)とトークセッ
ション(第二部)がおこなわれます(開場:午後1時、開演:午後1時半、参
加無料・要事前申込)。
被爆×講談「ナゾの被爆者 被爆太郎の物語」~講談で継ぐ 被爆80年の声~
https://www.nbc-nagasaki.co.jp/hibaku-kodan_20250824/
第二部の登壇者は、神田伊織さん、芥川賞作家の青来有一さん、元長崎放送記
者の関口達夫さん、そして私です。被爆体験の継承について考えます。
ぜひ長崎にお越しください!
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まだあります。長崎原爆資料館に隣接した国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館
で「ジャーナリスト伊藤明彦 特別展」が開催されます。
「ジャーナリスト伊藤明彦 特別展
被爆者1000人余の声を記録した人生」
2025年8月7日(木)〜9月30日(火)
国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館 情報コーナー1
入場無料、事前申込不要
https://www.peace-nagasaki.go.jp/
伊藤明彦さんが寄贈した録音テープ、録音機、「被爆者の声を記録する会」の
会報、収録作業メモの一部(「録音を断られた人のこと」)等の貴重な資料が
展示されます。記録された被爆者の「声」を聴くこともできます。
こちらもぜひお越しください!
▼伊藤明彦『未来からの遺言』の内容紹介・目次等はこちら
https://suiheisen2017.jp/product/3763/
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オンラインマガジン『雨晴』を、ぼつぼつ更新しています。
この間に公開したのは、以下のとおりです。
●中里佳苗『生きた「吹き溜まり」 「湘南プロジェクト」の記録』
第29回・第30回「もう一つの不定根 「Rの会」の青年たち」
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/3503/
https://suiheisen2017.com/nakazato-kanae/3175/
●姜湖宙『ストライク・ジャム』
第16回「リラ冷え(バンダジ)」
https://suiheisen2017.com/kang-hoju/3522/
●しろくま『銀世界』
第9回「想像」
https://suiheisen2017.com/shirokuma/3533/
●諸屋超子『くたばれ』
第16回「死んだふりをしなければ負け」
https://suiheisen2017.com/moroya-choko/3543/
●亀山亮『戦争』
第17回「アンゴラ共和国」
https://suiheisen2017.com/kameyama-ryo/3553/
●新原道信『過去と未来の“瓦礫”のあいだで』
第10回「シコ・メンデスはなぜ殺されたのか?」
https://suiheisen2017.com/niihara-michinobu/3569/
オンラインマガジン『雨晴』は、アプリ「編集室 水平線」内で公開しています。
以下のページから、お手持ちのスマートフォンやタブレットに、インストール
をお願いします。
https://suiheisen2017.jp/appli/
『雨晴』はsuiheisen2017.comでも読むことができますが、アプリを入れると、
毎回プッシュ通知で更新情報が届きますので、こちらを推奨しております。
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【作業日誌+α】2025年6月〜2025年7月
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●6月2日(月)
雨。長崎新聞1面「『軍事研究』27億円助成 防衛省制度 9年で22大学」。
昨日どうしても思い出せなかったエッセイが中谷宇吉郎の「由布院行」であっ
たことがわかりスッキリ。昼、ピカチュウのキャラ弁。姜湖宙さんと電話。長
崎原爆死没者追悼平和祈念館のTさんと電話。「水無月」の「な」は「の」の
意味で、元は「水の月」だったという語源説があるらしい(小学館辞書編集室)。
「大国のホチキスがコザの地に深く刺しし針なり 基地のゲートは」(屋良健
一郎『KOZA』ながらみ書房、2025)。
●6月4日(水)
晴天。午前、メール書き、発送作業、のち長電話。15時、昭和堂のKさんとカ
メラマンのAさん来訪。情報誌掲載の写真撮影で、雑談をふくめて17時まで。
「床に本や資料がたくさん積み上がっているこの感じが編集者らしくていいで
すね〜」。ただ汚いだけ。人様を呼ぶ場所ではない。4アングルから100枚以上。
見せてもらうと、さすがプロ。遺影用もお願いした。
●6月9日(月)
梅雨入り。シロアリの季節が来てしまった。雨戸を閉める。14時、ドラマ情報
を入れた新帯付き『未来からの遺言』が届く。柳田邦男『それでも人生にYes
と言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年』(文藝春秋、2025)、
堀越英美『ささる引用フレーズ辞典』(笠間書院、2025)。「退屈でくたばる
くらいなら、情熱でくたばったほうがましだ!」(エミール・ゾラ『ボヌール・
デ・ダム百貨店』)。Yahoo!ニュースで末續慎吾が45歳でまだ現役だったこと
を知る。世界陸上2003年パリ大会、200m銅メダル。高校時代、末續、朝原、
伊東浩司がスターだった。
●6月10日(火)
大雨大風。9時、追悼平和祈念館。「ジャーナリスト伊藤明彦 特別展」のた
めの打ち合わせ。終了後、そのまま原爆資料館へ。ミュージアムショップの人
に新帯とPOPを渡す。路電で大波止に移動。ゆめタウン夢彩都内の紀伊國屋書
店。担当のHさんが不在なので、レジカウンターの人に同じく新帯とPOPを
渡す。棚を見始めたら終わり。澤宮優『昭和の消えた仕事物語』(角川ソフィ
ア文庫、2025)、俵万智『生きる言葉』(新潮新書、2025)、『つかめ!理科
ダマン 9 「動物のふしぎ」を探れ!編』(マガジンハウス、2025)ほか数冊。
図書カードを使って安くなったように錯覚する。
●6月12日(木)
電気グルーヴ 「Shangri-La」。卓球の笑顔がギンギンでヤバすぎる。14時、ま
たしても原爆資料館。「ピースカフェ」で共同通信文化部の木村直登記者から
取材を受ける。一橋の後輩だった。疲れていたが、いざしゃべりだすと熱弁し
てしまう。GERAの囲碁将棋「情熱スリーポイント」が今月で終了。さみしい
ので、ZEKKEI MANZAI #4「ハマってるもの」を見る。これほんと好き。
●6月13日(金)
11時半、詩人の清水あすかさん。アミュプラザでそれぞれトルコライスとレモ
ンステーキ。場所を「ウミノ」に移して、食べるミルクセーキ。まじめな話や
なんでもない話。あしたば茶を頂いた。短い時間だったが楽しかった。
●6月17日(火)
晴れ。暑い。朝イチで郵便局に発送物を持って行く。10時、8月24日(日)
に原爆資料館ホールでおこなわれる講談師・神田伊織さんの公演「被爆太郎の
物語」とトークセッションに関する打ち合わせ(オンライン)。NBCのFさん、
青来有一さん、関口達夫さん。昼、お好み焼き(紅しょうが無し)。注文が相
次ぐ。「被爆者の声」関連で書類づくり。思った以上に大変。終わらなかった。
最近、500mlの炭酸水を1日2本も飲んでいる。
●6月18日(水)
13時すぎ、小中高の同級生・藤井セイラからLINE電話。しゃべっている途中
で「ポッドキャストをやりたい」と彼女が言い、X(Twitter)でスペースを初め
てやる。ただ「うん」「はい」などと答えていただけで、終わったらフォロワー
がいきなり増えていた。3万7000人超にフォローされている藤井(なんで?)。
下心が芽生える。
●6月21日(土)
公開されたばかりの映画『ルノワール』(早川千絵監督)を観に行こうと思っ
ていたが、眠すぎてやめる。「ユナイテッドシネマ」がいつの間にか「ローソ
ン・ユナイテッドシネマ」になっていた。明日締切の「言論ながさき」会報の
原稿(1800字)を書き上げる。俵万智『生きる言葉』読了。おもしろかったが、
俵万智はやっぱり短歌だと思う。夜、ゼミテンと前回読書会(井上智洋『AI時
代の新・ベーシックインカム論』光文社新書、2018)のふりかえりと次回の相談。
●6月23日(月)
沖縄慰霊の日。沖縄タイムスが6月10日から13日間にわたって、「命の証し
刻む24万人余」と題し、「平和の礎」に刻まれた24万2567人の名前を掲載し
た。1文字2ミリ四方、1日4ページで計52ページ。つなぎ合わせると、紙面
の背景に「平和の礎」と「月桃の花」の写真が浮かび上がる。米軍がイラン核
施設を空爆した。大西暢夫さんから新刊『炎はつなぐ めぐる「手仕事」の物
語』(毎日新聞出版)を頂く。
●6月27日(金)
梅雨明け。セミは昨日から鳴いていた。午前中、車でアミュプラザへ。いつも
より多少マシな服を買う。北村毅さんから電話。死刑執行のニュース。AIの語
り部(神奈川)。大谷28号ホームラン。教師が盗撮共有疑い。オンカジで「地
獄」。トカラ列島群発地震(400回超)。EUウクライナ支援で一致できず。ブ
ラピ宅に空き巣。返品も来て、世の中めちゃくちゃ。ユーロスペース代表・堀
越謙三さん逝去。
●6月29日(日)
朝、北九州に向けて出発する。高速を走っていると、子どもが法定速度を守れ
とうるさい。途中休憩をはさんで片道3時間。午後、念願の木下大サーカス。
満員。全部すごかった。感動のあまり涙が出た。パンフレット(1000円)を
買って帰った。
●7月5日(土)
東京。11時、霞ヶ関。東京新聞特別報道部・山田祐一郎記者。15時ごろ、調
布市国領。伊藤明彦さんが住んでいた場所を訪ねる。16時すぎ、調布市文化会
館「たづくり」に到着。「教育フォーラム・のどらか」公開講座、「伊藤明彦
さんが遺したもの─『未来からの遺言』をめぐって─」(18時〜21時、8階映
像シアター、定員100名)。開場前に「お腹が空くから」と手作りおにぎり(梅
干し)を2個いただく。第一部は伊藤さんのドキュメンタリーと音声作品の鑑
賞。第二部は自分が講演。ほとんどの席が埋まっているなか、この流れは厳し
かった。持ってきた本、30冊完売。伊藤さんと親交があったノンフィクション
作家の高瀬毅さんに初めてお会いした。友人・知人も来てくれた。近くの居酒
屋で打ち上げ。誰もQRオーダーができず、店員をふくめ全員が不機嫌になる。
雨のなか終電で神保町のホテルに戻った。
●7月10日(木)
夢で朝ドラの主演に抜擢された。セリフが覚えられず混乱。午前、メールを書
きまくる。コーヒー3杯。ちょっと昼寝。佐々木敦の文章に感心したことは一
度もない。たまたま知ったAdult familyに腹を抱えて笑った。
●7月14日(月)
朝、かぼすドレッシングをサラダではなくパンにかけてしまう。諸屋超子さん
にDMで「諸屋」と「さん」付け無しで送ってしまう。今週は嫌な予感。亀山
亮さんが自分で焙煎したコーヒーを送ってくれたので、ミルで挽いて飲む。ス
マホをいじっていて、「昭和人間度」を判定するチェックテストを発見。30%。
「マイルドで薄めの昭和人間」らしい。仕事をせずに何をやっているのだろう。
9日、内藤正敏さん死去。87歳。
●7月17日(木)
午前、亀山亮さんの写真集『Mexico Civil War(仮)』の束見本2種(A4変上
製/本文厚・薄)が届く。表紙・見返しの紙の選択は正解。イメージ通り。夕
方にかけて雑務をこなす。NHK『花は咲いて 散るからこそ~海辺の町のロー
ズガーデン~』(初回放送日:2022年3月12日)。撮影・ディレクターは百
崎満晴さん。心のやさしい人にしか、こんな番組は作れない。めぐりズム(ラ
ベンダーの香り)を付けて寝る。
●7月22日(火)
朝9時、たくさんの段ボールを郵便局に持って行く。汗が吹き出る。戻ってき
て着替えた。昼、そうめん。ぬるい。13時、原爆資料館内「ピースカフェ」。
めずらしく混んでいた。レジで注文中の外国から来た女の人たち。「Sorry」。
英語ができないので、OKサインだけ返す。しんぶん赤旗の都光子記者。2時
間くらい。下平尾直さんの『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社、2005)
を読み終わる。27日(日)の刊行記念トークイベント「失業編集者が出版社を
つくって10年で約100冊刊行するまで」に参加申し込みをした(配信)。下平
尾直(共和国)×工藤秀之(トランスビュー)×藤川明日香(月と文社)。
●7月24日(木)
昨日は富山シティエフエム「虹のラジオ」の収録だった(オンライン)。MC
の水上啓子さんと北日本新聞の田尻秀幸さん。今日は長崎ケーブルメディア。
「なんでんカフェ」内のコーナー「専らさん」にて本の紹介。高月晶子さんと
森あゆさん。生放送。12分。いがらしみきお『人間一生図鑑』(双葉社、2025)、
木村哲也『「忘れられた日本人」の舞台を旅する 宮本常一の軌跡』(河出
文庫、2024)。うまく話せたのか分からない。帰ろうとしたら、関口達夫さん
たちとばったり。「ちょうど西さんの話しとったっさー。運命だね」などと言
われ誘われ桜町の「割烹 大判」へ。メディア批判、政治談義等。
●7月26日(土)
津久井やまゆり園事件の発生から9年。
●7月28日(月)
長崎文献社編集長・堀憲昭さんが亡くなった。17日、神経内分泌がん、83歳。
長崎に来たばかりのときに仕事をくれた恩人。しばらくお世話になった。講談
社時代の『週刊現代』の話がおもしろかった。長崎新聞で「作家山脈 編集者
60年の軌跡」を連載していたので、お元気なものとばかり思っていた。約360
冊の刊行に関わり、長崎の出版文化に大きな足跡を残した。
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【海岸線-14】矢澤修次郎先生
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一橋大学では、3年時からゼミナール(演習)にかならず参加しなければいけ
なかった。わたしはこのとき、社会学者の矢澤修次郎先生のゼミを選んだ。2
年生のときに受けた講義、「社会学史」での妥協のなさ、毎回のテーマに沿っ
て語られる話の内容の深さ、そしていかにも学者らしいたたずまいに魅かれて、
この先生のもとで勉強しようと決めた。
矢澤ゼミでは海外調査が必須だった。ひとつ上の先輩たちはフィンランドに、
もっと上の先輩たちはブラジルや南アフリカ共和国に、わたしたちはアメリカ
西海岸、シアトルとサンフランシスコに行った。
2003年3月、約2週間の調査旅行。会いたい人たちを自分たちで探し、自分た
ちでアポイントをとった。ホテルや飛行機の予約も、旅費の準備も、ゼミ生み
ずからが責任を持っておこなった。すべて英語でのやりとり(つらかった)。
先生の助けは最初から最後までなかった。
滞在中、まずシアトル——マイクロソフトやスターバックスの発祥地——では、
テクノロジーを金儲けではなく、より良いコミュニティの形成のために生かそ
うとしている民間グループの代表の人の話を聞いたり、郊外にある山奥の貧し
い地域で、ひとり親家庭のサポートに奮闘するNPOの活動の様子を見学させて
もらったりした。
サンフランシスコに移動してからも、アメリカでのスローフード運動の先駆け
となったアリス・ウォータースの講演を聴き、彼女が経営するレストラン「シェ・
パニーズ」で地元産の食材を使用したオーガニック料理を食べたり(大学生に
それを味わう舌はなかった)、ほかにもバークレーという町にある障害者の自
立生活センターを訪ねたり、低所得層の人びとを支援する団体の会議室で米国
女性(とくに黒人女性)がおかれた過酷な状況についてのレクチャーを受けた
り、とにかくすべてが刺激的だった。(この間、イラク戦争が始まり、大規模
な反戦デモにも参加した。)
彼らはみな「インテレクチュアル」であるにもかかわらず、その卓越性や知性
を、自分のためにではなく、他者——とくに社会的に弱い立場にある人たち——
のために使おうと日々たたかっていることに、わたしは大きな感銘を受けた。
矢澤先生は、こういった人たちの社会への関わり方に関し、こんなことを言った。
「知あるいは知識というものは、他人を支配したり出し抜いたりするためにあ
るものではない。誰かがそばで、目の前で、何かに苦しんでいたとしたら、そ
のときにこそ、横からそっと差し出すものなのだ」
わたしは先生のこの言葉を、とても大切なものとして何度も握りしめ、いまで
も自分のこころの真ん中に置いているつもりだ。
大学を卒業するとき、矢澤先生は、われわれゼミ生全員に向けて、ひとつのメッ
セージを贈ってくれた。
「自分は学問に向かない」、そんなふうに言う学生をときどき見かけるが、ど
うか簡単にそのようなことは言わないでほしい。学問とは、自分にとって、もっ
とも切実な問題を、生涯をかけて追究する営みなのだから、「向く」「向かな
い」はありえず、ただ、その問いに向けたみずからの構えがどのようなもので
あるか、それだけが学問にとって重要なことなのだ。
わたしは「学者」ではない。ただ、「学ぶ者」でありたいと思っている。
(終わり)
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【本棚の本】木村哲也編『どこかの遠い友に 船城稔美詩集』ほか
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●木村哲也編『どこかの遠い友に 船城稔美詩集』柏書房、2025年
●小山田浩子『作文』U-NEXT、2025年
●大西暢夫『炎はつなぐ めぐる「手仕事」の物語』毎日新聞出版、2025年
●永田浩三『原爆と俳句』大月書店、2024年
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【『雨晴』から】
新原道信『過去と未来の“瓦礫”のあいだで』
第10回「シコ・メンデスはなぜ殺されたのか?」
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ずっと気になるひと、「このひとのことを忘れてはいけない」、そう想わさせ
てくれるひと。そのひとを想い、こころを寄せると、異なる時間、異なる場所
で体験したことが、なぜかつながり、新たな意味を持つ。
そうしたひとのひとりに、ブラジル・アマゾンの熱帯雨林への入植者の末裔で
あるシコ・メンデス(1944-1988)がいる。シコ・メンデスは、アマゾンの熱帯
雨林でゴムの樹液を採取する労働者(セリンゲイロ)の三代目として、1944年
ブラジル北西部アクレ州の森に生まれた。父親から樹液を採取する仕事を教わ
り、9歳から20年ほど、ゴムの樹の森で働いた後、熱帯雨林の環境を守る運動
に身を投じ、1988年に暗殺された。
1.緒形拳の1992年の映像
ずっと気になっていたのだが、突き詰めて考えてきたわけではなかった。とこ
ろが期せずして、2025年4月、NHKのBS放送で、1992年8月に放送された
「緒形拳のアマゾン紀行 闘い、シコ・メンデス」の前後編が再放送された。
画面に映し出された在りし日のシコ・メンデスと「再会」し、その姿を追いか
けていった。
緒形拳(1937-2008)たち日本人取材班がブラジルを訪れたのは、1992年6月
のことだった。この時期、リオデジャネイロでは、「環境と開発に関する国際
連合会議(UNCED/地球サミット)」が開催されていた。21世紀に向け実行す
べき行動計画(アジェンダ21)が採択された国際会議である。この会議と並行
して、環境保護NGOのフォーラムが開かれ、シコ・メンデスの後継者である全
国ゴム採集者協議会理事のオスマリーノ・ロドリゲスがシコ・メンデスの「夢」
についての「遺書」を読み上げた。「世界社会主義革命が起こって100周年の
記念日の2120年9月6日を生きる将来の若者たちへ」という内容だった。「苦
しみと痛みと死の記憶はすべて過去のものとなる。現実ではないが夢見ること
が出来て私は幸福だった」。この手紙を書いた20日後に、シコ・メンデスは殺
された。
緒形たちは、まず最初に、リオデジャネイロの山腹の斜面に拡がる貧民街のファ
ヴェーラ (favela)を訪ねる。リオデジャネイロやサンパウロのファヴェーラ
には、ブラジル北部の森林伐採で暮らしが立ちゆかなくなり、都市へと出てき
た元・入植者や先住民が、多く暮らしているからだ。その後、リオからさらに
北上し、北西部アマゾナス州の州都マナウスからアマゾン川を遡り、アクレ州
リオ・ブランコへと入っていく。
1970年代、ブラジル政府は、「人間のいない土地に」というスローガンのもと、
60万人以上の新たな入植者を、アマゾンの森に入植させた。1973年には、国道
317号線がリオ・ブランコからシャプリまで延び、さらにクルゼイロ・ド・スル
まで続く国道364号線(「アマゾン横断道路」と呼ばれる道路)が建設された。
わずか15年間で、ロンドニア州の熱帯雨林の約半分は破壊された。
「アマゾンの密林破壊は単に一地方の問題ではない」。シコ・メンデスは、道
路がもたらす破壊の脅威を予見していた。森や木や川は、たがいに助け合い共
生している。そこには植物や魚や動物や人間がいる。アマゾンの先住民は、ゴ
ムの樹を「泪を流す樹」と呼んだ。そのゴムの樹を慈しむセリンゲイロたちは、
「私たちの生命」であるゴムの樹に、慎重に切り込みを入れ、樹液を採取する。
森を横断する道路が出来てから地価が高騰し、ゴム園は牧畜業者に売り渡され
ていく。木々が焼かれ、牛が放牧された。牧場の建設により、循環が断ち切ら
れた森は死を待つしかない。入植二代目の父から仕事を教わり、9歳からゴム採
集を始めたシコ・メンデスは、1975年に運動に我が身を投じた。彼はただ、自
分が生まれ育ったゴム園であるセリンガル・カショイエラの67家族420人を守
ろうとしただけだった。
国道364号線の建設には、アメリカのIDB(米州開発銀行)が出資していた。
シコ・メンデスは、地元の教会でもらった背広を着て、1987年3月マイアミま
で行き、森の保全を訴えた。「IDBに出資している日本、米国、英国の政府は、
セリンゲイロの意見をぜひ聴いてほしい。私はセリンゲイロだ。私の仲間たち
は130年間も森林の資源を活用し、それを破壊することなく生きてきた。アマ
ゾンは世界でも有数の生物資源の宝庫だ」と。
シコ・メンデスは、アマゾンの森と生物多様性を守る運動のシンボリックな存
在となった。環境に関する国際的な賞を次々と授賞し、IDBは舗装のための融
資を中止した。これに対して、ゴム園経営者と牧場経営者は、セリンゲイロの
運動家の暗殺リストを作成し、暗殺を予告した。この時期、ブラジルで起こっ
た殺人事件には、土地紛争でセリンゲイロやアマゾン先住民が殺される事件が
多く含まれていた。
シコ・メンデスたちは、セリンゲイロの「妻やその子どもたちが自分たちの身
を盾にして森を守る」非暴力の運動を、展開した。この闘いの途上で、暗殺予
告を受けていたシコ・メンデスは、死を予感していた。「誰も好んで死にはし
ない。誰も好んで倒れたりはしない。もっと生きがいのある生き方をしなけれ
ばならない。」「このように労働者が死に続けることは許されない。私は死に
たくない。」 家族や友人と食事をしながら「雨が降るぞ」と言ったシコ・メ
ンデスは、美しい木々に囲まれた小さな家で殺された。
セリンゲイロたち入植者が来る前からの森の民だったグアラニー族の族長デラ
ミニ(「かみなり」の意味)は、「『白人(森の外に暮らすひとの総称)』は
我々の森を破壊してしまった。その結果としてこの世界も終わってしまう。2000
年にすべてが終わってしまう。終末だ。助かるかどうか、それは神が決める」
と言った。
シコ・メンデスは、なぜ殺されたのか? 「森が哭く」という現代文明への“問
いかけ”を、私たちはどう受けとめてきたのか?
(↓続きはこちらから)
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第14号 https://suiheisen2017.jp/update/4021/
第15号 https://suiheisen2017.jp/update/4074/