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編集室水平線のニュースレター「ひとりから、長崎から」第5号(2023.7.31)
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こんにちは。編集室水平線の西浩孝です。
ニュースレター「ひとりから、長崎から」第5号をお届けします。
(このレターは、PCで読まれることを想定しているので、スマートフォンでは
読みにくいかもしれません。あらかじめご了承ください。)
***
ニュースレターの内容紹介です。
「新着情報」では、文字どおり、水平線および水平線の刊行物に関する最新の
情報をお知らせします。
「作業日誌+α」は、ニュースレターが隔月配信なので、その2か月のあいだ
にメモした短い記録をいくつか掲載します。「+α」とあるのは、編集作業と
は関係のない記述も含まれているためです。
「海岸線」は、編集人(わたし)による書きものです。そのときに書きたいこ
とを自由に書いていきます。
「本棚の本」では、水平線(わたし)の本棚にある本を紹介します。これは、
フェイスブック、インスタグラムに投稿しているものと同じです。とくに感想
も解説も付けていないので、なんともそっけないコーナーです。
「『雨晴』から」は、オンラインマガジン『雨晴』(suiheisen2017.com)のなか
から、公開済みのひとつを選んで、一部または全部を掲載するものです。今回
は上野朱さんの連載第5回を全部お見せします。
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それではどうぞご覧ください。
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【新着情報】大谷良太詩集『方向性詩篇』書評・反響ほか
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大谷良太詩集『方向性詩篇』(5月刊)の書評が、『京都新聞』7月3日、『現
代詩手帖』8月号に掲載されました。『京都新聞』の評者は河津聖恵さん、『現
代詩手帖』は藤原安紀子さんです。
ここでは河津さんの評を引きます。
〈日本と韓国の風景と言語を巧みに映り合わせる。二つの国のあわいで、人も
事物も感情も、「はじまり」の初々しさと透明で硬質な抒情を獲得している。
時に振られる韓国語のルビが、紙面に不思議な浮力をもたらしている。隣国の
声には日本語を解放する力があるのだ。〉
ほかに、『現代詩手帖』7月号の「詩書月評」(北川朱実さん)、 『図書新
聞』7月29日号の上半期読書アンケート(宗近真一郎さん)でも取り上げられ
ました。
大谷良太さんの詩は、こんど韓国でも紹介される予定です。
現代詩はちょっとな、という方にも手に取っていただきたい1冊です。水平線
ウェブサイトの「本文公開」で、所収の7篇を読むことができます。また、「内
容紹介」も参考になさってください。
ちなみに本書の装丁は、わたし(西)によるものです。(蛇足か。)
***
11月に、増補新版『言葉と戦争』(藤井貞和著)を刊行します。
旧版(大月書店、2007)は、第8回日本詩人クラブ詩界賞を受賞しました。
以下、旧版の「あとがき」より。
〈戦争の起源と、それの現在と、今後のわれわれが何をしなければならないか
という、日ごろだれもが知りたいと思い、なかなか解答を得られない内容につ
いて、言葉に携わる者としての責任の限りにおいて、道すじを何とかつけよう
としている。この箇所を、広く読まれたいとつよく念願する。それとともに、
文体は二十歳台前半の若者や、もしかしたら高校生諸君の読書対象になってく
れてもよいと思って、かれらに語りかけるような心で書いた。〉
〈私は五十歳台の前半というときに『湾岸戦争論』(一九九四、河出書房新社)
を書いた。それを書きながら、戦争の起源やそれの不可避性、あるいは回避可
能性の根拠について、ちゃんと論じてある、参考となる(痒いところに手がと
どくような)本がほしいと、切実に考えた。ちゃんと論じてあるような本と言っ
ても、実戦的な戦争論とか、現状分析のしっかりした本とかいうのでなく(そ
れらはそれらでだいじだとしても)、真にほしいのは平和社会としての環境を
起源から探求する前提で書かれる冷静な本、というような意味合いである。〉
旧版『言葉と戦争』、『非戦へ 物語平和論』(編集室水平線、2018)を経て、
さらに一歩を踏み込みます。
***
土曜美術社出版販売の雑誌『詩と思想』が、8月号で「ハンセン病と詩文芸」
と題した特集を組んでいます。
https://userweb.vc-net.ne.jp/doyobi/index.html
『来者の群像 大江満雄とハンセン病療養所の詩人たち』の著者、木村哲也さ
んも、「性の越境者・船城稔美の詩の世界」という論考を寄せています。
木村さんはほかに、『季刊福祉労働』174号にも寄稿(特集2「障害と言葉、
表現すること」)。こちらのタイトルは、「詩は隔離の壁を超える 詩人・
大江満雄と島比呂志の場合」です。
https://gendaishokanshop.stores.jp/items/64af4d7b32510f003362cabf
どちらも発売されたばかりです。ぜひ。
▼『来者の群像』の内容紹介・購入は以下のページから。
https://suiheisen2017.jp/product/713/
***
ポッドキャスト第8回「『方向性詩篇』」を配信しました(6月19日)。
時間は30分ほど。さーっと聞けます。
第7回「『薄明行』『ひなたやみ』『午前五時』」(いずれも大谷良太さんの
詩集)もあわせてお聞きいただけるとうれしいです。
チャンネル登録がまだの方は、どうぞお願いいたします。チャンネル名は「編
集室水平線Podcast」です。AppleまたはGoogleのポッドキャストで「編集室
水平線」と検索してみてください。
iPhoneやiPadでは、ホーム画面上にポッドキャストのアイコンがすでにあるは
ずです。Androidの場合は、Google Playから「Google Podcasts」をインストール
してください。
***
オンラインマガジン『雨晴』を、だいたい週に1回のペースで更新しています。
この間に公開したのは、以下のとおりです。
●亀山亮『戦争』 第5回「タンタルを採掘する労働者たち」
https://suiheisen2017.com/kameyama-ryo/2133/
●西尾漠『極私的原子力用語辞典』 第13回〜第15回「高温ガス炉」「高速
増殖炉」「高レベル放射性廃棄物」「国策民営」「国産エネルギー」
https://suiheisen2017.com/category/nishio-baku/page/2/
●諸屋超子『くたばれ』 第5回「コロコロメランコリー」
https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2173/
●上野朱『本のおくりびと』 第5回「校正病のココロ」
https://suiheisen2017.com/ueno-akashi/2184/
●中村寛『脱暴力の思想』 第5回〜第7回「暴力概念の範疇(4)」「暴力へ
のまなざし(1)」「暴力へのまなざし(2)」
https://suiheisen2017.com/category/nakamura-yutaka/
●姜湖宙『ストライク・ジャム』 第5回「WINDOW」
https://suiheisen2017.com/kang-hoju/2254/
オンラインマガジン『雨晴』は、アプリ「編集室水平線」内で公開しています。
以下のページから、お手持ちのスマートフォンやタブレットに、インストール
をお願いします。
https://suiheisen2017.jp/appli/
『雨晴』はsuiheisen.comでも読むことができますが、アプリを入れると、毎回
プッシュ通知で更新情報が届きますので、こちらを推奨しております。
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【作業日誌+α】2023年6月〜7月
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●6月3日(土)
アミュプラザのメトロ書店で『図書』と『波』をもらってくる。『図書』の表
紙は抽象画家モンドリアンの肖像写真。結局、人は顔だ。新刊案内に高草木光
一『鶴見俊輔混沌の哲学』を見つけてさっそく予約。『波』に放送作家・ライ
ターの高橋洋二氏による「「タモリ倶楽部」回顧録前篇」が載っていたが、残
念ながら期待はずれだった。
●6月14日(水)
『コンパク 思想の辺縁を歩く』拾遺号を落手。作品=姜湖宙・林照朗・大谷
良太、論考=上田雅子。わたしも参加させてもらった。コンセプトは姜さんが
言うには「文学しか読まない人にも政治的なものを読んでほしい+政治的なも
のしか読まない人に文学を読んでほしい的な感じ」。A5判58ページ、定価400円。
●6月20日(火)
『とまる、はずす、きえる ケアとトラウマと時間について』(青土社)刊行
記念イベント、宮地尚子×村上靖彦「動きをみつめる」(@代官山蔦屋書店)を
アーカイブ配信で視聴。本はまだ読んでいないが、対談は飽きない内容。東京
はいろんなイベントがあっていいな。というこの思考からいつまでも抜け出せ
ない。
●6月26日(月)
カマル社・桑原茂夫さんの個人誌『月あかり』第8巻「戯言三昧」第1号が届
く。異様なインパクトを放つ表紙絵は東學さん。本号をつらぬくテーマは〈戦
争〉。1943年生まれの桑原さんの意地、果敢な言論活動をまえに、わが身が恥
ずかしい。ほかに詩人・小説家であるHさんからも封書。達筆かつ美しい文章
にめろめろ。
●6月30日(金)
大雨。15時ごろ、2回の停電。パソコンがうまく機能しなくなる。6月が終わ
る。今月はかなりがんばった。目を酷使した。目薬を買った。眼鏡も欲しい。
安いのでいい。
●7月2日(日)
ゆめタウン夢彩都内の紀伊國屋書店で買い物。『史的システムとしての資本主
義』『午後三時にビールを』『別冊太陽 日本のブックデザイン一五〇年』な
ど。改装中であった。最近の流れとして人文書スペースの縮小がある。ここも
か?(やめろ!)その後、1階のスターバックスコーヒーにて「チャイティー
ラテ」を頼んで席に着いたら、右斜め前方に知り合いがいた。会いたくない人
だった。こんなときに限ってマグカップだった。顔を左向きにし、不自然な体
勢で飲む。こぼす。ああもう!
●7月10日(月)
中村寛さんの原稿「脱暴力の思想Ⅲ」を受けとる。読んでいたら「ありふれた
暴力routine violence」という概念が出てきた。ルーティーン・ヴァイオレンス。
すごい言葉だ。
●7月18日(火)
ここ3日ほどの天気からいって、長崎はぜったいに梅雨明けしている。気象庁
よりセミのほうが正しい。そしてまたおれも正しい。暑いので映画『PLAN 75』
(早川千絵監督、2022)を観る。舞台設定、主題もいいが、とにかく主演の倍
賞千恵子がすばらしい。圧倒的に彼女がすべてだ。
●7月22日(土)
夜、大学時代のゼミ仲間とオンライン読書会。21時半スタート。今回のテキス
トは佐藤学『第四次産業革命と教育の未来 ポストコロナ時代のICT教育』(岩
波書店、2021)。前回は伊藤亜紗編『「利他」とは何か』(集英社新書、2021)
だった。議論もさることながら、いつもひとりでいるので大人数(それほどでも
ないが)の場がうれしい。矢澤修次郎先生の話にはつねに感銘を受ける。「生活
様式としての民主主義」「生きることは社会学すること」といった言葉の数々に
触れ、もっと勉強しなければ、と思う。
(以上、読み返したら、ほぼ「+α」だけでした。仕事、ちゃんとがんばって
ます。)
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【海岸線-5】アフターコロナ(2)
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(承前)
2020年4月上旬、1回めの「緊急事態宣言」発令の前後に、わたしは各メディ
アの報道に目を通して、いままさに起こっているさまざまな現象を抜き出して
みた。
すなわち、「医療崩壊」「検査拒否」「病院をたらい回し」「命の選別」「面
会制限」「コロナ差別」「DV増加」「マスク品薄カスハラ激化」「公演中止・
巨額損失」「賃金削減」「テレワークで残業代ゼロ」「生産停止」「レイオフ
(一時解雇)」「内定取消」「学費払えず」「ネットカフェ難民」「路上生活」
「外出で逮捕」「炊き出し中止」「便乗詐欺」「消費者相談の急増」等々。
覚えておいてよい事柄だろう。これだけのことが出来事として生じていたのだ。
しかし、すべてがコロナのせいではない。たとえば「コロナ差別」「DV増加」
「マスク品薄カスハラ激化」などは、あきらかにコロナのせいではない。素地
があったのだ。パンデミックによってそれが顕在化しただけだ。
いっぽう同じ時期、とくにネット記事を中心に、感染拡大を〈前向きに〉とら
える見出しも目立った。
「商機に休むな」「あなたの家を消毒します」「布教のチャンス」「コロナ相
場突入!」「暴落時こそ買いたい株ランキング」「アフターコロナ時代の投資
戦略」「ESGマネーがひらく今後の資本主義」
これらは一例にすぎない。〈危機〉のときこそ儲けどきだ。そう考える人たち
がいて、企業がある。めずらしくも何ともないと言えば言える。だが、やはり
記憶しておいていい。
ほかに「首相官邸が官房長官や内閣府担当大臣による記者会見の回数削減をメ
ディア側に打診」「東京電力が福島第一原子力発電所事故に関する定例記者会
見を当面取りやめ」といった〈コロナ対策〉を名目にしたインチキな行為もあっ
た。これは当時、ほとんど問題にされなかったのではなかったか。結局どうなっ
たのか。書いているわたし自身が知らない。それだけの意識しか持ち合わせて
いなかったということだ。
ところで、2020年4月10日に配信された共同通信の記事によれば、自民党憲
法改正推進本部(細田博之本部長)は同日、コロナ感染拡大対策として大半の
党会合を取りやめるなか、憲法論議に取り組む姿勢をアピールしようと、この
会合だけを「強行開催」した。緊急事態をめぐり、自民党は大規模災害を想定
した条項を憲法に新設する案をまとめており、安倍晋三首相は、4月7日の緊
急事態宣言の発令に先立ち、国会での「改憲議論の進展」に期待を示したという。
これはどういうことだろうか。コロナ下での「緊急事態宣言」と自民党憲法改
正草案の「緊急事態条項」とがつながり重ね合わせられている。ここでは問題
の詳細に踏み込むことをしないが、〈火事場泥棒〉というやつではないか。
マスコミ報道は〈コロナ一色〉で、いわゆる「森友・加計」問題、「桜を見る
会」をめぐる疑惑、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)に絡む汚職事件
など、すべてが〈うやむや〉にされたまま、事実上、葬り去られた。
安倍晋三首相は、多くの人びとが苦境にあるなかで、「私自身は感染しないよ
うにできるだけ手洗いをしながら、あるいはまた、免疫力を維持するために睡
眠、なかなか睡眠を完全に取ることはできないのですが、なるべく睡眠の時間
を確保したいと思っています。生活のリズムを守るという意味においては、私
はまだ食事を取る時間がないものでありますから、まだ食事をしていないので
すが、なるべく規則正しく生活していくということも大切なのかなと、こう思っ
ています」などと言っていた。
で、@AbeShinzoによる2020年4月12日付のツイート(「#うちで踊ろう#星
野源さん」)を、ぜひ思い出していただきたい。
https://twitter.com/AbeShinzo/status/1249127951154712576
星野源は嫌いではないが、安倍晋三は嫌いだ。それと、なぜうちで踊らなけれ
ばならないのか。
「新しい生活様式」「ニューノーマル」「行動変容」といった〈国家語〉につ
いて、あるいはまた「自粛」や「要請」、オリンピック・パラリンピック、国
葬その他、いくつかのことについて、まだまだ触れたいことはあったが、力尽
きた。
それでも最後に、ひとつだけ記しておきたいことがある。
パンデミック初期、わたしは近所のローソンに買い物に行った。すると、出入
口のところにポスターが貼ってあり、そこにはイラストとともに「すこし離れ
るって、ホッとする。」というコピーがあった。
ショックを受けた。
言っていることは「ソーシャル・ディスタンス」と同じかもしれない。同じつ
もりだろう。しかし、〈「離れる」と「ホッとする」〉というのは、やはり大
きくちがうのではないか。
人間どうし、離れているのが「ホッとする」のであれば、そこに関係は生まれ
ない。社会はつくれない。強弁か。いや、離れているのは安心どころか、本来
は不自然なおかしな状態なのだ。ではないか?(個人的に近づきたくない人、
集団があるのは理解できる。)
ただの表現の問題だと言われたら、表現こそが問題なのだとわたしは返す。言
葉はあらゆる意味で〈あらわれ〉だ。ローソン、おれはファミマに行くように
なったよ。
この3年間、わたしたちに、何があったのか。点検が必要だと、思っている。
(了)
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【本棚の本】レベッカ・ブラウン『若かった日々』ほか
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●レベッカ・ブラウン『若かった日々』柴田元幸訳、マガジンハウス、2004年
●石田千『からだとはなす、ことばとおどる』(写真=石井孝典)、白水社、
2016年
●中上紀『いつか物語になるまで』晶文社、2004年
●伊藤比呂美『ラニーニャ』新潮社、1999年
●崔善愛『父とショパン』影書房、2008年
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【『雨晴』から】上野朱『本のおくりびと』 第5回「校正病のココロ」
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親が物書き、私の職業が古本屋ということで、活字を見慣れていると思われて
のことだろうか、時折急ぎの校正を頼まれることがあり、古本の片付けも後回
しにして赤入れをしていたものだ。書籍は勿論のこと、論文、台本、自分史、
近年はウェブページまで。
振り返れば校正は昔から身近な存在ではあった。父が書き上げた原稿の最初の
読者は母。まずは漢字や送り仮名に間違いがないかをチェックするが、内容に
口を挟むことはほぼなかったし、そもそも女房子どもが口出しできるような内
容の文章でもない。せいぜい「ここは、どちらの表現が適当と思うか?」とい
う問いに意見を述べるくらいだ。そうして一応妻の目を通し「大変結構でござ
います」という言葉を受け取ってから、丈夫な封筒に入れるか防水紙に包んで
出版社宛てに郵送することになる。
ドラマなどでは書斎の隣の部屋で編集者が待っていて、書き上がった原稿を受
け取るやいなや駆けだしてゆくというシーンを目にすることもあるが、私は「あ
んなのウソやん」と小さい頃から思っていた。なぜなら執筆中の父は徹底した
静寂を求め、母や私の話し声や足音から台所の水音まで厳しく咎める人だった
から、同じ屋根の下に誰かを待たせながらではひと文字だって書けるはずもな
かったのだ。
我が身を刻むような父の執筆と、戒厳令下の如く息を潜める妻子の暮らしを経
てなんとか原稿が出来上がれば、数週間後にはゲラ(校正刷り)となって戻っ
てくるが、そこからはまだ10代前半の私にも校正係の役目が回ってきた。まず
父が目を通して加筆や訂正をした後、さらに母と私で誤植を探してゆくのだが、
コンピュータも普及していなかった当時は同音異義語の変換ミスは稀で、字画
の似た活字の拾い間違いや文字の横転逆転、並びのずれなどが主であった。そ
して〈誤植1ヶ所につき5円〉なんて報酬につられて、欲と二人連れでゲラの
文字を追っていた私だった。まあ中高生のやることなので、1冊分のゲラから
50円か100円分の訂正箇所を見つけ出すことができれば上出来だったけれど。
そんな環境で育ったからか、書籍はもちろん新聞や雑誌から街角の看板、テレ
ビ画面を流れるテロップなどの誤字まで気になるようになってしまった。わざ
わざ見つけようとしているわけではないのだが、文字を追っているうちに「おっ
と」と躓いてしまうのだ。絶対音感のある人の中には、お知らせのチャイムも
音階として聴こえたり、音程の外れた歌を聴くと頭痛が起きたりという人もあ
るらしいが、こういう人の頭の中にはきっと五線紙があって、耳に入る音を即
座に音符として記しているのではなかろうか。同様に私の中には原稿用紙の断
片のようなものがあって、目にした文字を書き込んでいるのかもしれないが、
これは家業によって生じた、そして治りがたい病気かもしれないと思ったりする。
ここ10年余りの間に最も多く目を通したのは、小・中・高校の教科書や便覧
に載せるための、炭坑記録画家・山本作兵衛翁についての文章である。私が原
画展示や著作権利用を扱う「作兵衛(作たん)事務所」の手伝いをしているた
め、版元からの確認と校正の依頼が、田川市石炭・歴史博物館の担当窓口を経
て古本屋のカウンターまで流れ着く。
それはいずれも「明治期の炭鉱の様子」といった見出しで、男のサキヤマと女
のアトヤマが半裸で採炭している絵などに短い解説文を付けたものであり、翁
の生年や没年等基本的なところにはまず間違いはないのでそれほど手間のかか
る校正ではない。ただ、しばしば見かける誤字が「抗夫」「抗内」だ。わざわ
ざ手偏の「抗」を入力する方が手間ではないかと思うが、事故の危険にさらさ
れながら働いていた坑夫たちは、坑内からだけでなく文字の中からも追われて
いったのかと思ってしまう。坑夫を「炭鉱員」と言い換える(この頃よくある)
ことで差別意識のないことを装うよりはまだましかもしれないが。
そんな私が校正の際に心がけていたのは、誤字脱字や語法の間違いを訂正する
のは勿論だが、可能な限り元の文章を改変することなく、より正確でわかりや
すくするという至極当たり前のことだけだった。国による教科書検定みたいな
ことをやってたまるものか。
だがある時、偶然山本作兵衛炭坑画と同じページに掲載されていた原爆ドーム
(旧広島県産業奨励館)についての記述だけは見過ごすことができなかった。
「この建物の上空600メートルで原子爆弾が爆発し、中にいた人は即死した」
(下線筆者)
学校で使う便覧にこんな馬鹿げた文章を載せようというのかと呆れ果て、頼ま
れた箇所以外には手を出さない、原文の大幅な改変はしないという自分なりの
原則も蹴り倒して「書き直し!」と指示を入れたが、その後版元はどうしただ
ろうかと思う。
戦争や侵略の歴史と同様に、原発事故やその被害などもいずれは都合良く書き
換えられ、矮小化されてゆくことだろう。しかし文字や言葉に表れないものも
見落としてはならぬ、国家が吐き続ける嘘に対しては容赦なく赤を入れてゆか
ねばならぬと、心を引き締める。
ところである日、馴染みの精肉店に行った時のこと。店長オススメの肉に添え
られた「味に自心あり!」という手書き文字を目にした途端、私の校正病が発
症してしまった。
――この肉ほしいんだけど、ちょっと字が違ってるみたいだわ。
「あ、ほんとだ! ゴメン、間違えとった」と、飛び出してきた店長が頭を掻く。
――ま、こちらのお肉には心がこもってる、と受け取っておきましょうかね。
「おっ、嬉しいこと言うてくれるねえ。よっしゃ、ちょっとおまけしときましょ!」
いちいちうるさいと煙たがられる我が病も、たまには人に喜ばれることもある。
(了)
(アプリ「編集室水平線」のインストールは、以下のURLからお願いします。)
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